澤村くんに慰められる

こんなにも自分の馬鹿さを嘆くのは人生で初めてかもしれない。

昨日、ハマっているゲームがイベント最終日で、なんとしてでもクリアをしたくて普段しない夜更かしをした。

当然のことながら今朝はものすごく眠くて、ボーッとした頭で学校へ行く準備をしてご飯も食べずに家を出た。

それでもクラスには私の想い人である澤村くんがいるから、眠い目を擦りながらも化粧をしたし、寝癖だって直して髪の毛も可愛く結んだのだ。

この調子なら完徹しても余裕だったかも、なんて思ったのも束の間で、朝教室について鞄を開けると入っているはずのお弁当はないし、持ってきた教科書は明日の時間割。

財布もなければペンケースもない。

一体朝の私は何を用意したのか。

幸いにして教科書は隣のクラスの友人が貸してくれたし、筆記用具は親友が予備のペンケースを持っていてそれに必要なものを入れて丸ごと渡してくれた。

唯一どうにもならなかったのが、宿題。

運の悪いことに今日は宿題の提出日で、忘れた私はしこたま怒られた上、放課後残ってやるようにと課題を出された。

よりによって一番苦手な数学で。

友人たちは部活があるからとHRの終わりと共に部室棟へと行ってしまったし、助けてくれる人は皆無。

「なんだって今日に限って宿題でてるかなぁ〜」

今日中に終わる気配を見せない課題にやる気もなくなり、口元を隠すこともせずに大きな欠伸をしながら机に突っ伏した瞬間、私以外誰もいないと思っていた教室にくぐもった笑い声が響いた。

「…っ、誰!?」

急に聞こえた声に驚いて振り向くと、そこには澤村くんが肩を震わせて立っていて、さっきのだらしないところを見られたのかと恥ずかしさのあまり自分でも顔が赤くなったのがわかる。

「さ、澤村くん、部活じゃないの?」

「今日は休みなんだ。忘れ物を取りに来たんだけど…」

よりによって澤村くんに欠伸をしているところを見られるなんて本当に今日はついてない。

「それ数学のプリント?」

忘れ物を取りにきたはずの澤村くんは、何故か私の前の席に座り、机の上のプリントを手に取ると「宿題忘れただけでこんな出たの?」と私たちが仲の良い友人かのような態度を取った。

私たちは確かにクラスメイトだけれど、共通の友人もいなければ部活も違い、接点なんてまるでない。

私は澤村くんのことが好きだけれど、澤村くんにとっての私はたまたま同じクラスになった女子のうちの一人な筈。

こんな風に話しかけてもらえるような関係では決してない。

「あの先生厳しいよな…ってかこれ放課後で終わる量じゃないだろ」

パラパラとプリントを捲りながら話す澤村くんに、私がなんの返事もできずにただ瞬きだけをしていると、それに気付いたのか澤村くんは「…どうかした?」とこともあろうか私の顔を覗き込んだ。

好きな人の顔が、こんな至近距離にあるなんて。

湯気でも出るんじゃないかってくらいに、顔が熱を持った。

「名字さん、顔真っ赤」

伸ばされた手は私の頬にそっと触れ、ふわりと笑った彼は何事もなかったかのように私の手元のプリントへと視線を移した。

「わからないとこどこ?」

「え…」

「手伝うよ。数学、苦手じゃないからさ」

「あ、ここ…とここ、です」

私が問題を指差すと、澤村くんは鞄からルーズリーフを取り出し「ここはこの数式を使って…」と丁寧に教えてくれた。

後輩の面倒見がいいのは知っていたけれど、同輩に対してもそうなのか。

澤村くんは苦手じゃないと言ったけれど、教え方も丁寧かつわかりやすく、得意であることが伺えた。

「にしてもこれは名字さんが可哀想だわ」

「や、でも私が忘れちゃったのが悪いから」

「いつも忘れないのにな」

「そうなの!昨日ゲームして夜更かししちゃって今日偶々…え?」

“いつも忘れないのにな”?

「今日眠そうなのゲームのせいなんだ?」

「え、うん…そう…」

「授業中眠そうにしてたからどうしたのかなって思ってたんだ」

授業中、私のことを見てた?

「好きな子はつい目で追っちゃうだろ?」

「好き…な子…」

「名字さんも俺のことよく見てるからそうなのかなって思ったけど違った?」

いつもみたいな爽やかな笑顔でサラリとこぼされた言葉に、心臓が止まるかと思った。

私が澤村くんのことを見ていたのがバレてた?

いや、それよりも私のこと好きな子って言った?

聞きたいことは沢山あるのに、言葉が口から出てこない。

「とりあえずプリント終わらそう。じゃないと帰れないだろ?…もう遅いし帰りは送ってくからさ」

少し照れた顔をしてそう言った彼を見て、今日一日の不運が一瞬で吹き飛んだ気がした。

「ほら、頑張れ」

頭をポンと撫でられ言われた一言に、やる気がでた私は単純なのかもしれない。

だって、早く終わらせて澤村くんと一緒に帰りたいもの。



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