04

もしかしたら会えるかもしれない。

そんな淡い期待を胸に、次の日には学校の図書館へと足を運んでいた。

自動ドアの機械音と共に図書館の中へ入ると、先日とは違い所狭しとばかりに生徒たちが椅子を占拠しているではないか。

何故、と思い浮かんだ疑問も生徒の広げている教科書を見て直ぐに納得した。

そう、中間テスト直前なのだ。

普段から学習内容を毎日反復している自分にとって中間や期末はさして特別なものではないのだけれど、私の友人も含めその他大多数の人間はテスト前になるとテスト範囲を復習し直すらしい。

この時期になると特段話したことのないクラスメイトもノートを見せてくれと頼んできたりと面倒くさいのだけれど、今回はクラス替えをしたばかりというのもあり、それがなかったので失念していた。

折角の図書館が台無しだと思わず眉間に皺を寄せとっとと返却して立ち去ろうと思ったが、この調子だといつもの図書館の方も中高生で賑わっているだろう。

確かあそこは自習が可能だったはずだから。

どうせどこに行っても同じなのであれば折角来たし続きを読むかと、半ば諦めにも似た気持ちでそう思った時だった。

「あれ、名前ちゃん?」

正面からかけられた声に、思わず苦虫を噛み潰したような顔をしてしまう。

「そんな嫌そうな顔しないでよ!」

「…及川先輩、ここ図書館です。静かにしてください」

「相変わらずつれないな〜。折角の美人が台無しだよ?」

「台無しで構わないので静かにしてください」

同輩後輩だけでなく他校まで人気の彼と知り合ったのは、昨年の委員会で偶々班が同じになったからだった。

見るからにチャラそうな外見と、見た目通りのその軽さからなるべく関わらないでおこうと距離を取ったのが悪かったらしい。

「女の子にそんな反応されるの初めてかも!」

私の想定していた反応とは正反対に喜んだ及川先輩を見て、本当に心の底からげんなりした。

以来、私を見ると嬉しそうに寄ってきては話しかけてくる始末で、迷惑極まりないのだけれど、そうは言っても先輩だし及川先輩自身も決して悪い人ではないので、全力で避けることはできないでいる。

「及川先輩は図書館に試験勉強でもしにきたんですか?」

このまま放って置いても騒がしくなるだけなのは目に見えているので、及川先輩にだけ聞こえるくらいの小声でそう返すと、反応が返ってきたことに驚きながらも「うん、試験落としたら試合出られないからね」と私に合わせた声量で頷いた。

「毎回バレー部で集まってやってるんだよね」

及川先輩が指を差した方をみると、他の生徒よりも体格の良い人たちが窓際の方に集まっているのが目に入った。

さっきから女子生徒が色めき立っていたのはこれが原因か。

以前友人が『背が高くて容姿の整った三年のレギュラー陣は女子生徒からかなりの支持を集めている』と話していたのを思い出す。

その時は特段興味も湧かなかったので流してしまったけれど、彼もそうだったとなると話は別だ。
あの時、彼女は他に何を話していただろうか。

考えても思い出せずにいると、何を勘違いしたのか及川先輩が嬉々とした表情で「名前ちゃんも混ざる?」と尋ねてきた。

『知らない集団に混ざるなんてごめん被りたい』

拒絶の意志をふんだんに含んだ言葉は喉まででかかったけれど、その集団の中にあの人がいることに気づいたことにより、言葉はゴクリという喉の音になって消えていった。

まさかバレー部だったとは。

そんな私の視線に気付いたのか、それとも及川先輩が目立つからか、彼もまたこちらに気付きばっちり視線が交わった。

彼は前のように笑ってはくれず、人を射抜くような少し鋭い目をしていて、ヒヤリと汗が頬を伝う。

「名前ちゃん?どうかした?」

「…あ、いえ、なんでもないです。知らない先輩の中に混ざっても気まずいだけですから。私、もう帰りますね」

冷たい目に、私が耐えられなかった。

及川先輩に背を向け、私は逃げるように図書館を後にした。



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