カランコエ

第一印象は最悪やった。

俺らが2年生のGWに、北さんが合宿の間だけ頼んだと言って1年生の女子を連れてきた。

猫みたいな大きな目をしていて、その瞳の色は綺麗な青。
髪の色は俺みたいに染めたものではない、透明感のある金色だった。

まるでどこかの御伽噺にでも出てきそうな見た目の女子が、北さんの知り合い…しかも小さい頃からの幼馴染だなんて俄には信じられない。

「ほら、名前。挨拶せなアカンやろ」

北さんが促すと、大きな目を何回か瞬きした後ニコリと笑い、可愛らしい顔からは到底想像の出来ない言葉が口から発せられた。

「信ちゃんから頼まれたから仕方なくやりますが、本当は汚い野郎共の世話なんかごめんです。なるべく私に関わらないでください」

「名前!」

「…名字名前です。GWの間だけですが、よろしくお願いします」

北さんから叱られ渋々そう付け加えると軽くお辞儀をし、部室の方へと駆けていった。

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しかし、北さんの幼馴染というだけあって仕事は確かで、文句のつけどころが全くと言っていいほどなかったし、合宿中の飯も今年はやけに美味いなと思ったら名前が作ったものだと北さんに言われた。

俺らとしても変に関わってこないからバレーに集中できるし、どんなにクソ生意気でも名前の存在はありがたいものだった。

合宿の間だけと言わずこれからも続けてほしいなんて思っていたら、合宿を終えた後、名前の気が変わったのか、それとも北さんから頼まれたのかは知らないが、名前は稲荷崎高校男子バレー部にマネージャーとして正式に入部することになった。

相変わらず俺らとはあまり関わらないようにしているが、何か聞けばきちんとこたえてくれるし、最初の頃に比べて大分打ち解けたように思える。

とはいえ、それも三年生が卒業するまでだろうと誰もがそう思っていた。

ところが、春高で烏野高校に負けた後、名前は悔しそうに顔を歪めて「次は絶対負けへん」と呟いた。

北さんは驚いていなかったし、案外名前自身が最早北さんとは関係なくバレーにハマっていたのかもしれない。

春高も終え、迎えた三年生の卒業式。
きっと大泣きするだろうと思っていたのに名前はあっけらかんとしていて、逆にこっちが驚かされた。

「北さん卒業してしまうのに寂しくあらへんの?」

「信ちゃんとはお隣さんやし会おうと思えばいつでも会えるし。侑先輩、今日は晴れの日やで?泣いてお別れなんてアカンやろ」

名前はそう言ったけれど、三年生の卒業はやはり寂しくて、バレないようにこっそり泣いた。

「バレてへんと思ってたんですか。むっちゃ泣いててこっちが恥ずかしくなるかと思ったわ」

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俺らと名前の関係は相変わらずだったけれど、北さんが卒業したことによって仲介役がいなくなったこともあり、以前に比べて関わることが多くなった。

俺らといる時の生意気っぷりは健在だが、1年相手では流石にそうもいかないようで、新入生相手に色々教えているのをよく見かける。

名前自身も2年生にあがり、年上の自覚ができたのかもしれない。

初日に野郎共の世話なんかごめんだと言ってのけた名前はもういないんだと一人感心したものだ。

「俺らが卒業してもマネージャー続けるん?」

「別に侑先輩たちのためにマネージャーやってるわけやないんですけど」

口調こそ冷たいけれど、その言葉に照れ隠しが含まれているのに気づいてからは可愛えもんやと笑って流せるようになった。

「素直やないなぁ」

「…まあ、先輩たちのバレーしてる姿見るのは結構好きですからね」

…ごく稀にデレるようになったんはほんますごい進歩やと思う。

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俺らが部活に来るのもこれで最後やって日に、今までありがとうと名前に言おうと探したのに、名前の姿は体育館のどこにもなかった。

2年生曰く、具合が悪くて今日は学校自体を休んでいるそうだ。

北さんのお隣さんだと言っていたし、お見舞いついでに行くかと向かうと、北さんの家の縁側で名前と北さんが座っているのが見えた。

なんや、元気そうやん。

ムッとして文句のひとつでも言ってやろうと近づいたら、大きな涙をボロボロと溢す名前が見えた。

自分で思っていたよりも、名前は俺らのことを大切だと思ってくれていたらしい。

北さんが名前のことを慰める姿を見て、なんとも言い難い気持ちになり、声をかけることも躊躇われ、気づかれる前にそのまま自分の家へと帰宅した。

名前があんな風に泣いているのを今まで見たことがなくて、暫く頭からその光景が離れなかった。

**

名前は部活の最終日にはこなかったけれど、卒業式はちゃんと列席してくれた。

「うるさい先輩たちがいなくなって清々しますよ」

最後まで俺らの前では強がっているんやなぁと、呆れ半分可愛さ半分。

「北さんの時とは違て、いつでも会えるわけやないのに泣いてくれへんの?」

これで本当に最後なのにと、ちょっとした悪戯心でした質問に、名前は堰を切ったように泣き出した。

「ざ、ざみじいです…」

可愛いマネージャーが、俺らの前で初めて溢した弱音やった。

「ま、言うてみんな地元離れるわけと違うし、な!」

ちょっとした意地悪のつもりがこんなに泣かれるなんて思わなくて慌ててフォローしたのに、名前は俺の方を見て「侑先輩は大阪行ってしまうって、治先輩言うてましたよ」と更に大きな涙をこぼされた。

「え」

「大阪に引っ越すって」

そう、他の奴らは地元に残るけれど、俺だけはムスビイの本社がある大阪へと引っ越す予定やった。

つまり、名前が泣いているのは俺らとの別れが寂しいのではなく、俺が大阪へ行ってしまうのが寂しいということで。

本人がどういう意図でそれを口にしたのかはわからないけれど、まるで告白でもされているような言葉に、俺の顔はみるみるうちに赤くなった。

「べ、別に引っ越したらって会えなくなるわけやないし!?」

「ほんまですか?」

「当たり前やろ!!」

生意気だとばかり思っていた女の子も、この春でもう3年生。

身長も伸び、顔つきも大人びて、道を歩けば誰もが振り返るであろうくらいに綺麗になった。

生意気なのは変わらずだけれど、最初の時のような敵意は最早見る影もない。

それどころか年上の俺らに甘えている節すらある。

その子が、こんな純粋な目で俺に会いたいと言うのに、それを誰が断ると言うのだろうか。

「名前が会いたくなったらいつでも帰ってきたる」

「約束ですよ?」

「男に二言はあらへん!」

この後、会いたいと連絡をしたのに会いに来てくれなかったと拗ねられるのは、また別の話。



花言葉:たくさんの小さな思い出



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