09
「この間はごめんね」
外へ出ると、松川先輩は開口一番そう謝った。
「及川が名字さんと話してるとき、俺怖い顔してたでしょ?名字さんがその後顔青くしてるの見て怖がらせちゃったかなと思って」
「あ、いえ…その…大丈夫、です」
勿論その時は大丈夫なんかじゃなかったけれど、二回顔を合わせたことがあるだけの私のところにわざわざ謝りにきてくれるだなんて、それだけでもう十分だ。
「及川が馴れ馴れしく名字さんに話しかけてたからつい嫌な顔しちゃったんだよね」
「ああ…」
及川先輩ああいうとこウザいですよね。
仮にも先輩なので皆までは言わないけれど、松川先輩もそう思っていたのか。
それならあの顔も無理はない。
「あれ、なんか勘違いしてる?」
「へ?」
思わず間の抜けた声がでた。
「及川は確かにウザいけど、そうじゃなくて…うーん…」
先輩の言葉の続きを待つも、頬を指で掻き視線を私から外した松川先輩はなにやら照れているようで、なかなか次の言葉がでない。
「ダメだね、いざ言うとなると恥ずかしいな…」
そう言いながらも松川先輩は、私の目をしっかりと見つめ直し、真っ直ぐな瞳でこう告げた。
「好きです、名字さん。一目惚れでした」
松川先輩の言葉が、私の脳内に響く。
好き?
松川先輩が?
私を?
なんで?
何個も浮かぶ疑問に、頭はもうパンク寸前だった。
まさか及川先輩に嫌な顔をしたのは、嫉妬だったと言うのだろうか。
私の都合のいい解釈とかではなく、本当に?
「…名字さん?」
眉を下げ、本当に困った顔をした松川先輩に名前を呼ばれ、ハッと現実に引き戻された。
「あ、いえ…夢かと思いまして」
「…夢じゃないので、告白の返事もらってもいい?」
まだイエスともノーとも言っていないのに、松川先輩はまるで私の返事がわかっているかのように笑う。
「…私も先輩に一目惚れでした」
見透かされたこたえを言うのは少しだけ癪に障るが、私が先輩に惚れたのは間違いない事実だ。
「そう、じゃあこれからよろしくね」
「こちらこそ、お願いします」
頭によぎったのは、この間読んだ恋物語。
現実は上手くいかないとばかり思っていたけれど、奇しくも終わりは物語と同じだったようだ。
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