03
「いらっしゃーい!」
おにぎり宮の暖簾をくぐると、治の元気な声が聞こえてきた。
自分から会わなかったというのに、治の変わらず優しい声を聞いた途端、帰ってきたんだと安心した自分がいた。
「って、なんやツムか」
「なんやってなんや!俺も客やろ!!」
「こんな偉そうな客がいてたまるか」
「なんやと!?」
懐かしいやりとりに思わず笑いが口から漏れると、その声に気づいた治はハッとして私の方へと視線を向けた。
「…え、名前?」
「久しぶり」
「ひ、さしぶりって…何年経ったと…や、ってかお前いつ帰ってきたん。いや、待て、それよりもなんでツムとおるん」
「侑とはたまたま会って」
「サムがこの店開いてから名前来たことなかったやろ?やから連れてきた」
「…あー、名前はこの後暇なん?」
「まあ、それなりに」
「店、閉めるから座って待っとけ」
「や、軽く食べたらお暇するからええよ?」
そもそも連れてこられたのも無理矢理だったし、何より私のためだけに店を早く閉めるなんてする必要性を感じない。
「お前!!こっちがどんな気持ちで今までいたと…!!」
珍しく声を荒げた治に、私はごめんと小さく謝ることしかできなかった。
**
「「「乾杯〜」」」
キンキンに冷えたビールジョッキから、ガラスが交わる高い音が鳴る。
まだ夏には少し早いけれど、外はもう夏の暑さを感じさせるので、冷たいビールは気持ちが良いくらいに喉を潤してくれる。
「っは〜、やっぱ美味いな!」
口に白い髭をつけ嬉しそうにそう言った侑を見て、私たちももうお酒を楽しめる年齢になったのかと感慨深い。
最後に会った時はまだ制服を着ていたのに。
「…で、いつ帰ってきたん?いつまでおるん?」
そんな楽しそうに飲む侑とは対照的に、少し不機嫌そうな顔をしてそう私に尋ねたのは治だった。
「4月の異動でこっちに来たから、今年度いっぱいは確実におるよ」
「なんで俺らに連絡のひとつもくれへんかったん!?」
「あ〜…引っ越しで忙しくて忘れとった」
勿論、嘘。
忘れるわけない。
今まで散々来たメッセージを適当にあしらってきたのに、今更どの面さげて帰ってきたなんて言えるというのか。
それに、そもそも会うつもりなんてなかった。
楽しかった思い出で終わらせるつもりだった。
「ごめんな?」
何か言いたそうに口を開けてはその言葉を飲み込む治に、もう一度心の中でごめんと呟く。
もしかしたら治は私の気持ちに気づいていたのかもしれない。
卒業と同時に地元…いや、二人から離れた私のことを責めなかったのもそれなら頷ける。
なんとも言えない空気が漂う中、バシッと大きな音が鳴った。
侑が治の背中を勢いよく叩いたのだ。
侑の顔はもう既に赤く出来上がっている様子で、この空気の中一人楽しそうだ。
「折角名前が帰ってきたんやから、今はそんなんええやん〜。再会を祝って飲まな勿体ないで〜」
「…ツム、それ何杯目や。お前俺の奢りと違うからな?」
「そんなケチなこと言うん!?お祝いやろ!?」
「名前との再会を祝うんやからロハなのは名前の分だけに決まっとるやろ!なんで俺がお前の分まで奢らなアカンねん」
ギャーギャーと騒がしい声で言い争う二人に、自然と笑いが込み上げる。
「二人とも変わってへんなあ。ほんまに年齢重ねたん?精神年齢5歳のまま止まっとるやん」
「はあ!?名前は大人になってめっちゃ格好よくなった俺が見えへんの!?目の前におるやん!?」
「見えへんなあ」
「コンタクト合ってへんのと違う?眼科紹介したろか!?」
「そういうとこやぞツム」
変わらないやりとり、居心地の良い場所。
知らず知らずのうちに、自分のキャパを超える量を飲んでいたのかもしれない。
気づけば瞼は重く視界はぼやけ、気持ちの良い眠気が私を夢の中へと誘っていった。
眠る直前、侑の「俺の部屋来る?」という声が聞こえ、それに頷いたのは決してお酒に飲まれたからではない。
もう、自分の心の声を無視するのはやめようと思ったからなんだ。
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