ゲンノショウコ

私が重い荷物を持っていたとき、後ろからヒョイと取って「どこに持ってくやつ?」とそれが当然のことのように一緒に運んでくれた。

キッカケはありきたり。

でも、それ以降も優しさを感じずにはいられない出来事が多くて、気づけば恋をしていた。

「澤村くんは、どうしてそんなに優しいの?」

まだ私の気持ちが恋になる前。

気まぐれでそう聞いたら、少し照れた表情で「困ってる人を見るとほっとけないんだよなぁ」と言っていた。

それが今になって私をこんなに苦しめるなんて。

私だけが特別じゃない。

困っている人だったら老若男女問わず、押し付けがましくない程度にその優しさを発揮している。

以前女の子が階段から落ちそうになっていたのを助けていたところなんて、さながら王子様のようだった。

あの子が私だったらよかったのに。

そんな小さな嫉妬は、いつしか大きなドス黒い感情に変わっていった。

彼の近くにいるとどんどん嫌な女の子になりそう。

自分が自分じゃなくなるみたいな胸のざわつきが嫌で、澤村くんと距離を取るようになった。

相手からしてみたら今まで仲良くしてた子が急に避け始めたんだから、不思議だったろうし、なんなら不愉快だったかもしれない。

でも、澤村くんは優しいし避けた私に対してわざわざ問いただすようなことはしないと思っていた。

思っていたんだ。

放課後の誰もいない教室。

いるのは私と澤村くんの2人だけ。

すぐに教室から出ようとしたのに、行手を阻んだのは太くて筋肉質な彼の腕だった。

「名字、最近俺のこと避けてる?」

普段の彼からは想像も出来ないような冷たい瞳。

バレー部主将の名は伊達じゃなかった。

怒ると怖いと一年生たちが言っていたのを耳に挟んではいたけれど。

「き、気のせいじゃない…?」

我ながら白々しいなと思った。

「俺がなんかしたなら謝るけど、心当たりがないんだよな」

「…避けてない、よ?」

「そういうのはいいから。俺、名字に対してはかなり優しくしてたと思うんだけど」

先程までの怒った表情はどこへやら。

澤村くんは眉を下げて心底困った顔をしていた。

「どうすれば名字に好きになってもらえる?」

少し暗くなった教室内なのに、澤村くんの顔が赤くなるのがハッキリとわかる。

「名字のことが好きだから、避けられるのはキツいんだけど」

至近距離、熱のこもった声でそう言われて私の頭はもうパンク寸前。

心臓は大きく脈を打ち、心音が澤村くんにまで聞こえるんじゃないかって思った。

「す、好きだから…」

「え?」

「澤村くんのことが好きだから、他の子に優しくしてるの見て嫉妬するのが嫌で」

情けないくらいに声が震える。

「ごめんなさい…」

泣くなんてズルいとわかっているのに、涙が溢れて仕方ない。

「名字、顔あげて」

恐る恐る顔をあげると、そこにはいつもみたいに優しく笑う彼がいた。

「妬いてくれたの?」

「うん」

「嬉しいから」

「え?」

「その…妬いてくれるのは、嬉しいから。隠さなくていいんだ」

「でも…」

「それだけ好きでいてくれるってことだろ?」

本人の口からそう言われて、顔から火が出るんじゃないかと思った。

「その…名字も俺のこと好きなら両想いだよな?」

コホンと咳払いをした後、澤村くんは確かめるように私の身体をそっと抱き寄せた。

「名字、好きだ」

耳元で囁かれた告白は、私の心のモヤモヤをすっかり吹き飛ばし、代わりに溢れんばかりの愛情で埋めてくれた。


花言葉:憂を忘れて



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