朝顔

※クズ巻


「ねえ、今日の飲み会あの子くるんでしょ?」

ネイルを塗るのを止め、冷たい視線を俺に向ける彼女を見てゾクゾクと背筋に悦びが走る。

松川に言わせると「最低」らしいけど、俺は名前の嫉妬する表情が大好きだ。

本人は冷静を装っているみたいだが、隠しきれないその感情が瞳にのせられている。

「くるけど?」

「…あの子貴大狙いじゃん。なのに行くの?」

「ゼミの飲み会だぜ?行かない方がおかしいだろ」

「それはそうだけど…」

「それとも何?彼女が嫉妬するんで行けませんって断んの?」

「嫉妬なんて…!!」

名前は俺の言葉に顔を真っ赤にして怒りを露わにするが、その瞳は今にも泣きそうなくらい揺れている。

泣いたら重い女だと思われるからと我慢しているのがなんとも愛おしい。

「嫉妬じゃないなら何?」

わざと冷たく突き放すように言うと、名前は塗っていたマニキュアの蓋を閉め、縋るように俺へと抱きついた。

「貴大、お願い…行かないで…」

本当はこのまま飲み会なんて行かないで泣く名前を壊れるくらい抱いたっていい。

でも、それだと物足りない。

もっと俺のことを求めてほしいなんて言葉にしたら、名前はなんて言うだろうか。

「今更断るとかねーわ」

顔も見ずにそう告げると、ヒュッと名前の喉が鳴るのが聞こえた。

「行ってくるから、いい子で待っててな」

ポンと軽く頭に手をのせると、硬く掴まれた手は力を緩め「いってらっしゃい」とか細い声で送り出してくれた。

**

「本当は参加なんかしなくたっていいと思ってんのにな。お前狙いのあの子だって可愛いけど名前ちゃんと別れたりはしないんだろ?」

「名前以外興味ねーもん」

「ならもっとちゃんと愛情表現してやれよ」

「それは帰ってから、だろ?」

「…ヤラシーな」

「想像すんなよ」

「お前顔怖ェよ。マジになんなって…あ、ほら噂をすれば、だぜ。モテる男は辛いねぇ〜」

絡まれんのもダルいからとビール片手に端の方で飲んでいたのに、わざわざグラスを持って俺の方に寄ってくるなんて相当だ。

「花巻さん、隣いいですかぁ?」

狙ってるであろう少し露出の高い服、可愛こぶってる甲高い声。

見た目も可愛いしスタイルもいいけど、俺が彼女持ちだとわかってて近づいてくるあたり天然だと言う他の男子の評価なんて当てにならない。

「いーよ」

ニコニコと人の良さそうな笑顔を浮かべる俺に騙されるなんて頭の程度が知れる。

「えへ、じゃあ乾杯しましょ?」

首を傾げて上目遣い。

ついでに腕で胸を寄せてわざと谷間を強調させてる。

「…何飲んでんの?」

「これですかぁ?よくわかんないんですけど、先輩が美味しいっていうから頼んだんです。でもちょっとアルコール強くって…」

酔っちゃった、と俺に寄りかかりさりげなく手を重ねてくる。

これのどこが天然なんだよと思いつつ、これを利用しない手はないと向かいに移動した友人にこの現場の写真を撮るように目で合図した。

「…二人ともそうしてると恋人同士みたいだね」

「えー?花巻さんとですか?でも花巻さん彼女いるじゃないですかぁ〜」

写真を撮られているのが分かると、触れていただけの手を絡めさりげなく腕に胸を当ててきた。

「彼女さん、花巻さんが飲み会行くの嫌がらないんですかぁ?」

気持ち悪ィ。

「引き止められたよ」

「え、なのに来たんですか?仲、良くないんですか…?」

俺の返答に嬉しさを隠そうともしない。

「ゼミの飲み会だし、俺には名前しかいないからって言ったら気持ちよく送り出してくれたよ」

「え〜?ウソぉ…私なら絶対無理ィ。花巻さん格好いいし心配ですもん」

お前がどうであろうと関係ねぇっつの。

「だって俺彼女のことダイスキだし。だからこうやってくっつくのやめてもらってイイ?迷惑なんだよね」

急に真面目なトーンになった俺を見ると、彼女はみるみるうちに顔を青ざめさせ、すごい勢いで離れていった。

「軽い気持ちで彼女持ちに寄ってくんなっつの」

「そう言いながらそれ利用して名前ちゃんにさっきの写真送ろうとしてるあたりお前も最低よ?」

「スパイスがあってこその愛だろ?」

「お前が言うと狂気しか感じねぇわ」

「うっせ。これ、俺の分の支払いな」

「早く帰って安心させてやれよ〜」

「言われなくても。お楽しみはこれからだろ?」

財布からお札を数枚抜き、友人へと渡す。

撮った写真は名前に宛先を間違えたかのように『また飲もうね』と送っておいた。

さっきの女と再び杯を交わすことなんて絶対有り得ないけど、それを見た名前が妬いてくれればいい。

想像するだけでゾクゾクする。

早く家に帰って名前の顔を見たい。

一分一秒でも早く。

**

「ただいまー」

家のドアを開けて声をかけると、奥にいた名前がすごいスピードで俺の元へと走ってきた。

「貴大!!これなに!?」

名前が見せてきたのはさっき送った写真。

「あー、なんか酔って気持ち悪ィって言ってた」

「そんなの嘘に決まってるじゃん!なんでこんなベタベタさせるの!?」

「好きでしてたわけじゃねーし」

「だったらすぐにでも払ってくれればいいじゃない!ってかまた飲もうって何!二人で飲む約束でもしたの!?」

もう感情を隠そうともしないで泣き喚く名前は本当に可愛い。

「なんで笑ってんの!?私怒ってるんだよ!?」

「いや、名前が可愛いなって」

「ちょっと、そうやって話逸らさないでよ!」

「逸らしてないよ。俺のためにこんな怒ってくれるなんてめっちゃ嬉しいじゃん」

怒りに染まっていた瞳が、揺れるのが見えた。

「名前に嫉妬してほしくてわざと飲み会行ったって言ったら?」

「え、なんでそんな…」

「だって名前普段俺のこと好きとか言ってくんないからさあ」

「そ、れは…ごめんだけど…」

「なあ、妬いてくれた?」

どんどん言葉尻が弱くなっていく名前にそう問いかけると、先程まで怒っていたはずの表情は情けないくらいに歪んで、大きな涙をボロボロと溢した。

「ふ、不安だったんだよ…」

「俺が名前以外のこと好きになるわけないじゃん」

「でも貴大モテるから…」

「モテても俺には名前だけだよ」

優しく抱きしめて、頬に触れるようなキスをすると、名前も落ち着いたのか俺に身を委ねてきた。

「貴大、香水臭い…」

「じゃあ一緒シャワーでも浴びる?」

「…うん」

ああ、なんて可愛いんだろうか。

「名前、大好きだよ」

顔を赤くして黙って頷く名前は無垢な赤ずきんのようで、それを見て舌舐めずりをする俺はさしずめオオカミだ。


花言葉:あなたは私に絡みつく



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