06
『幼馴染』、この言葉に甘えていたとわかったのは高校を卒業してすぐだった。
いつまでも続くと思っていた関係が何の脈絡もなく切れ、今まではすぐに返ってきたメッセージも数日放置はザラだし、帰ってくると思って待っていた長期休みも「バイトで忙しいから」と顔ひとつ見せにこない。
隣にいるのが当たり前なんて思わずにとっとと告白して付き合えばよかったなんて後悔したけれど、最早後の祭り。今更すぎた。
それでも諦めきれずに誕生日やお正月、節目節目で連絡をしてはみたが、名前が地元に帰ってくることはなく、共通の友人に「名前、彼氏できたらしいで」と仲の良さそうなツーショットを見せられる始末。
そこに写っていた名前は幸せそうで、彼氏も優しそうで格好いい。
俺の出る幕なんか全くないという現実をまざまざと突きつけられた瞬間だった。
こっちにいた時は黒髪で化粧もしない所謂田舎の子だったのに、東京にいった名前はいつの間にか都会の色に染まってしまったらしい。
もう俺らと会うつもりはないのかもしれない。
そう確信したのはオリンピックの年だった。
サムの店に北さんたちも集まって、あの頃のチームメイトでオリンピックを観戦するので来ないかとサムが声をかけたのに『ごめん、仕事あるから』と一蹴され、取り付く島もなく『みんなで楽しんで』と返信がきた。
「こらアカンわ」
サムの一言に、流石の俺も「せやな…」と返すしかなかった。
勝ち取った日本代表。
日の丸を背負って戦う姿を応援してほしかったなんて言ったところでもうどうしようもないのだけれど。
サムにもいい加減諦めて次の恋でもしろと言われ、返す言葉もなかった。
そんな失意の底にいた俺に、僅かな希望を抱かせたのが今年の春。
名前が帰ってくる。
名前の両親がうちの親に嬉しそうに話しているのを小耳に挟んだのだ。
どうやら勤めている会社から異動命令がでたらしく、4月からまた実家に戻るらしい。
しかも向こうで作った彼氏とも別れて今は一人。
神さんはまだ俺のことを見捨てなかったんか?
信仰なんて生まれてこの方したこともないけれど、この時ばかりはどこにいるのかもわからない神様にめちゃくちゃ感謝した。
ワガママを言うようやけど、出来れば名前との縁も結んでくれ。
もうそこからは暇があるとひたすら地元で名前の行きそうなところを歩きまくり、名前の姿を探した。
なりふりなんて構ってられない。
どんなに避けられていたとしても、必ず見つけ出して自分の気持ちを伝えないことには何も始まらないのだから。
でも、毎日毎日少しの時間を見つけては探す日々は思ったよりもしんどかった。
もしかしたら会えないかもしれない。
会えたとしても避けられるかもしれない。
そんな不安が常に付き纏って、もう諦めようか、何度目になるかわからないそんな気持ちを抱いた時、目の前に名前の姿を見つけた。
心臓がこれでもかってくらい早く脈打ち、唇がカタカタと震える。
落ち着け、名前は俺が探してるのなんか知らない。
偶々会ったのだと、そう思わせないと。
早る気持ちを抑え、久しぶりに名前の名前を口にすると、あの時よりも大人びた名前の顔が俺を捉えた。
「あ…侑…」
変わらない声で俺を呼ぶ名前に、懐かしさと愛おしさとが混ざったような複雑な感情がブワッと胸の中に広がった。
ああ、もう逃さへん。
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