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それから、私が治さんのお店に行くことも、治さんが私のお店に来ることも一切なくなった。

いや、元々治さんは私のお店に来たことはなかったのだから、変わったのは私が行かなくなったことだけなのだけれど。

それでも、今まであったご近所の店舗としてのお付き合いもしなくなって、お互いの店共通の常連さんは不思議そうに首を傾げていた。

「名前ちゃん、治ちゃんと喧嘩でもしたん?」

「いや、そんなことは…ちょっと忙しくてお店行けてへんだけですよ」

実際、あの後広報誌に小さく載ったのもあり、お店はお客さんが増えて忙しかったし、治さんとは喧嘩もしていないから嘘はついていない。

「ほんならええけど…治ちゃんに名前ちゃんのこと聞いたら、困った顔して『俺が名字さんに悪いことしてもうたんです』って言うてたわよ?」

「私は怒ってへんし、お店が落ち着いたらまた伺うつもりですよ〜。治さんたら気にしぃなんやから」

「そうなん?」

「そうですよ、今度会ったら治さんに『新作もあるから是非買いに来てください』って伝えといてください」

「ほんならよかったわ〜。治ちゃんに伝えとくな」

「ええ、よろしくお願いします」

常連さんに手を振りながら、内心冷や汗ものだった。

もし本当に来たらどうする?

侑さんと治さんの区別もつかなかった私に、二人を責めることなんて出来るわけもない。

寧ろ、治さんからそのことを責められても文句も言えない立場なのは私。

それなのに治さんは自分が私のことを怒らせてしまったと言う。

あの日、気づけなかった自分の恥ずかしさと悔しさから侑さんに八つ当たりしたのに、それでも侑さんを好きな気持ちが消えなくて、過去に戻ってなかったことにしたい、そう思ってしまう。

口に出した言葉は消えることなんてないのに。



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