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「来てしもた」
そんなお茶目なセリフで閉店間際のお店に来たのは、本来ならここにいるはずのない治さんだった。
「お、お店はどうしたんですか…!?」
お久しぶりですとかごめんなさいとか色々言いたいことはあったけれど、現在時刻は金曜夜7時を少し過ぎたところで、アルコールも提供する飲食店の店主が出歩いていい時間帯ではない。
「今日は高校の時の部活の飲み会でな。貸切なんや。一通りご飯も出したし後は好きにしてくださいって一旦抜けさせてもろてん」
「いや、でも店主がいないのは…」
「今日集まったんはな、俺の片割れが元気あらへんから景気付けにって理由やねん。最後に美味しいケーキでも出したら喜ぶん違うかな?って買いに来たんやけど…オススメあります?」
あからさまに責める様な態度に、やはり常連さんが言っていた治さんの言葉は社交辞令だったのだと思い知る。
そりゃ生まれてからずっと一緒だった双子の片割れがあんな目にあったら許せへんよね。
「…いや、その原因が作ったケーキとか持っていっても喜ばへんと思いますけど」
「好きな子が作ったやつなら食べたいって思うんが男心っちゅうもんやで?」
「…治さん、私が侑さんになにしたか知ってるんですよね?それなのにそういうこと言うんですか?」
「知ってるで?でも、名字さんはツムの話聞いてへんやろ?話もせんで一人勝手に終わらすのは酷いんちゃうかな」
「終わらすだなんて…」
終わらせられたらどんなに良かったか。
侑さんのことが好きな気持ちは日に日に大きくなるばかりで、全然消えてなんてくれない。
笑った顔も、バレーをやっていた姿も全部、経てば経つほど鮮明になって私の胸をギュッとさせる。
「…すまん、意地悪言うたな」
私が俯いて何も言わないから治さんが謝ってくれる。
「いや、謝るのは私の方です。その…すみませんでした…」
何に対して謝っているんだろう。
治さんと侑さんを間違えていたこと?
それともどっちに気持ちがあるのかわからない曖昧な状況を作っていたこと?
「意地悪言うたら、罪悪感からツムに会いに行ってくれへんかなって思ただけなんやけど」
「え」
「名字さんが俺のこと恋愛感情で見てへんのなんて知っとるよ。目で追ってたのはずっとツムやったやん」
「でも…」
「こう見えてもな、俺それなりにモテるからわかんねん。お店に来た時に名字さんが向ける視線は恋愛とは違てたよ。ここに来てるのがツムやって知らんかったから不思議そうな顔はしてたけど…それは自分でもわかってたんやろ?」
それは、そう。
同じ治さんなのになんでやろって思ってた。
「名字さんは悪いって思てるかもしれへんけど、いつ気づくかなって面白がってた俺らがまず悪いからな。もっと早くに言うべきやった」
帽子を外し、深々と謝る治さんに、なんて声をかけていいかわからない。
「やから、少しでも許してええかなって思ってくれてるんやったら、お店閉めた後に俺の店に来てくれへん?」
「…侑さんは、怒ってないですか?」
「…なんや、名字さんも仲直りしたかってん?」
「動揺して、追い出しちゃいましたけど…。好きやから、なんて言ったらええのかわからなくて」
「そのまま伝えてあげてや。めっちゃ喜ぶと思うわ」
フッフ、と優しく笑った治さんに、心底ホッとした。
侑さんに、嫌われてなかった。
それだけで嬉しい。
「ケーキ、お詫びも含めて私が持って行きます」
「ええ報告聞けるの楽しみにしとるで」
「期待しといてください」
「おん、ほなよろしく頼むわ」
治さんが背中を押してくれたんやから、気合い入れて頑張らないと。
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