ハシバミ

大学時代の友人から『名前のこと気になるから紹介してくれって頼まれたんやけど今度デートしてもらってもええ?』とLINEが来たのが先週。

彼氏もいなければここ数年出会いもないしとOKしたのがそもそもの間違いだったのかもしれない。

初デートになるわけだし、身だしなみに気をつけてそれなりにおめかしもして待ち合わせ場所へ向かった。

少し緊張しながら待っていると「名前」と随分懐かしい声が聞こえて、体が強張るのがわかる。

そこにいたのは高校時代の彼氏だった宮侑で、「なんでいるの」と聞けば「俺の知り合いが名前と写ってんのみて紹介してくれへん?って頼んだ」と悪びれることなくいってのけた。

「なんで今更…」

「はあ?高校卒業したら急に音信不通になって自然消滅狙ったのはどこのどいつや。俺は別れることに納得した覚えはないで」

「だからってそんな」

「まあええやん。今日は俺とデートなんやから楽しもーや」

「嫌だよ、私帰る!」

そう言えば「友だちが折角紹介してくれたのになんもせんで帰るのはアカンやろ〜」と私の手を掴み、振り解こうとするもびくともしない。

「今日は車で来ててん。あっち止めてあるから行こや〜」

こうなった侑は人の話を聞かないので諦めて従うことにした。

高校時代、侑と付き合ってはいたけれどバレーに忙しい侑と恋人らしいことをしたことなんてほぼないに等しかった。

告白は侑からで「名字さん彼氏いないんやったら俺なんてどお?」となんとも軽く、答えを考えていると「即お断りやないんやったらありやな!これからよろしゅう〜」と無理矢理まとめられてしまい、そこから特に別れるきっかけもなかったのでそのまま付き合っていた。

お昼を一緒にたべるでもなく、放課後一緒に帰るでもなく本当になんで付き合っているんだろうといった感じで、友人からも「あんたらほんまに付き合うとるん?」と聞かれることもしばしば。

そして高校卒業までなんとなく付き合ってはいたが、ふとなんで付き合っているんだろうと思ってしまったのだ。

バレー最優先なのは分かりきっていたけれど、クリスマスも誕生日も一緒に過ごすでもなく、全然大切にされている感じがしないのである。

そして私が自分と侑の関係性に疑問を感じていた頃、侑が教室で他の女の子と抱きしめあっているのを見てしまったのだ。

そこからの行動は早かった。

進路先の大学の近くに家を借り、アルバイト先を決めた。
そして大学入学祝いに親に新しいスマホを買ってもらい、番号もメールアドレスもなにもかもを新しくして、友人には壊れてデータが消えたと言い訳をした。

向こうだって私にそんな執着もないだろうと完全に侑をシャットアウトした。

今となってはちゃんと別れ話をすればよかったは思うが、あの時の私は侑に付き合っていたこと自体を否定されるのが嫌で逃げたのだ。

だから今更になって侑と会うことになるとは思わなかった。

気まずい雰囲気のまま車の助手席へ乗ることを促され、仕方なく乗ると「どこ行きたい?」と聞かれる。

「別に…」とこたえれば「ほな、適当に」と車を走らせた。
意外にも運転は優しく丁寧で、こんな一面もあるのかと驚いた。

車の中でかすかに聞こえるBGMは私が高校の時好きだったものが多く、侑も好きだったのだろうか。
付き合っていたとは思えないほど相手のことをよく知らなかったし、知ろうともしていなかった。

しばらくすると水族館へつき、チケットを購入して館内を見てまわる。
そういえば一時期水族館デートが流行ったときがあったなと思い出す。
どうせ行けないので侑には言ったことがなかったけれど、他の組のカップルが行ったのを聞いて羨ましく思ったのを覚えている。

「お土産はかわんでええの?」

「うん、特に買いたいものもないし」

「…お昼でも食べいこか」

水族館を後にして、お昼ご飯にとついたところは可愛い系のカフェ。
侑がここに入るの?と思ったが本人は気にする様子もなく店内へと入っていった。

「予約していた宮です」そう言ったのが聞こえ、スマートさに唖然とした。
たしかにこういうところは混雑するので当日入ろうとしてもなかなか入れない。
でもまさか予約までしているとは。

「ここ、予約限定のメニューあんねん。ドリンクだけ選んでもろてええ?」

「え、あ…じゃあアイスティー…」

侑は店員さんを呼ぶと私の分まで注文をしてくれた。
店員さんにも丁寧に接していて、高校時代の少し横暴な彼の面影なんて全くなかった。

予約してくれていたメニューはこれでもかというくらい可愛くて「写真撮ってもええ?」と聞けば「名前のために頼んだやつやから好きにしてええよ」と返された。

「いただきます」と手を合わせ食べるとあまりの美味しさに「幸せ…!」と声がでる。
「口にあったならよかったなあ」とニコニコされ、少し量の多いご飯に「この後デザートもあるから食べれんかったら俺が食べたるから無理して食わんでええよ」とフォローまでしてくれた。

デザートまで食べ、さてお会計と思いレジへ向かうと「もう済ましてある」と一言。
「美味かったな〜」なんて言ってるけど、いつの間に済ませたというのだろうか。

車に戻ると少し考えた様子で「買い物とか好きか?」と聞かれたので頷くと「じゃあアウトレットでも行こか」と言い出した。

「え、人混みとかすきじゃないでしょ…?」と言うと「名前とならええよ」と笑って言われ、じゃあ…と向かうことになった。

久々にきたアウトレットは楽しくて、あれもこれも欲しいとなって見るのに結構時間がかかってしまった。
ハッとして「ご、ごめん。侑つまんないやんな?」と謝れば「楽しそうにしてるの見るの、ええなあ」と満足そうに言われ「次は何見たいん?」と聞かれる。

買い物中、侑のファンに見つかり捕まりかけたがサインをして「プライベートやねん、しーやで」と指を唇にあて内緒のポーズをし、相手もそれを見て笑って手を振り合ってこっちへ戻ってきた。

買いたい物も決まり購入すると荷物をサラッと持っていかれ流石に悪いと言えば「手繋げた方が嬉しいやん」と手を差し出され、しぶしぶ手をとれば嬉しそうに笑って「フッフ、ありがとお」とお礼まで言われてしまった。

そのまま車まで戻ると「お腹すいた?」と聞かれたので頷けば、「じゃあご飯でも」と言われ連れてこられたのはおにぎり宮とかかれたお店。
宮?と不思議におもいつつ入ると「いらっしゃーい」とこれまた懐かしい声が聞こえた。

「あれ?名字さんやんな?」と声をかけてくれたのは治くんで「お久しぶり」と笑えば「卒業以来やね、ゆっくりしてってや」と言ってくれた。

「サム、ネギトロ〜!あとおかか!」

「あ、私もネギトロと…んー…梅!でお願いします!」

「はいよ〜」

治くんが握ってくれたおにぎりは美味しくて、どこかホッとする味がした。

「名字さんは今なにしてはるん?」

「食品メーカーに勤務してるよ〜」

そんな他愛のない話をして、お会計を支払おうとしたら治くんに「今日はええよ、そのかわりまたきてや」と言われた。

「ツムは払っていきーや」

「当たり前やろ!」

「あとちゃんと送ってくんやで」

「言われんでもそうするわ!」

二人の会話は高校時代とかわらなくて「仲良いね」と言えば「「どこがやねん!!」」とハモられ笑ってしまった。

車に戻り、これでお終いかと思えば「最後に一個だけ付き合うてや」と言われ、連れてこられたのは観覧車で「一周だけでええから」とお願いされ了承した。

「今日はありがとおな」

「いや、こちらこそ…色々連れてってくれてありがと」

「楽しかったか?」

「うん、久々にこんな遊んだ気がする」

「そうか…」

そう言ったまま侑は黙ってしまい、二人の間に沈黙が流れる。
観覧車はゆっくりと上へと動き、外を見れば夜景が綺麗だった。

「高校の時…あんま構ってやれへんかったから、そん時行けたらええなと思ってたとこを今日回ったん」

ポツポツと侑が話し出す。

「俺、あん時アホやったから名前が何も言わないのええことに放っといて。愛想尽かされても仕方なかったんやけど、連絡取れなくなると思わなかってん。今更になってまうけど…ほんまごめん」

謝ってくれた侑には悪いが、放っとかれたのもたしかにあったけど根本的原因はそれではない。

「あの時…連絡とれなくしたの、別に放っとかれたからじゃあらへんよ」

「え、じゃあなんで…」

「侑が教室で女の子と抱きしめあっとったの見てしまったん。私とはそういうことせんかったくせに他の子とはするんやなって思って、何もかも嫌になってしまったん」

「はぁ!?ちょ、待って。なんの話や!?」

「もう時効だからええよ」

「アカン!俺ほんまに名前のこと好きやったんやぞ!他の女になんか興味なかったわ!」

憤慨する侑にもその発言にもびっくりするが、実際見たものは見たのである。

「ええ…?でも抱きしめとったの見たんやもん…」

「しとらへん!!誰やねんその女!」

「えー…確か2組の竹田さん…」

「竹田ぁ…?あ、わかった。それサムに振られたそいつが俺んとこ来て慰めてっていきなり抱きついてきよったんや」

「え、じゃあ勘違い…?」

「ってかほんまムカつくな!その女のせいで俺はここ何年間かずっと名前と連絡とれへんかったってことやんな?」

「ご、ごめん…」

「ほんま勘弁してくれ…俺があん時どんだけ凹んだと思うんや…」

「ごめんて…」

「まあええわ。ってことはもう疑うことはあらへんな?」

そういった侑はニヤリと笑ってものすごく悪い顔をした。
ヒッと後ずさろうとするも観覧車の中、逃げ場はない。

「今日は大人な俺を見せて惚れ直させようと思っとったけど、そもそも別れる理由がなかったってことでええやんな?」

もうすぐ観覧車は頂上へとつき、見渡す限りの色鮮やかな街の灯りに包まれる。

彼は笑いながら「なあ、知っとる?観覧車の頂上でキスしたカップルは別れへんらしいで」と言った。

逃げないよう壁ドンをされながら噛みつかれるようなキスをされ「もう勝手にいなくならんといて」と強く抱きしめられた。
背中に回った手は少し震えていて、会わない間彼がどんな気持ちで過ごしていたのか思うと心が締め付けられた。

「ごめん、もういなくならないから」

そう声をかければ約束やでと笑ってくれた。


花言葉:仲直り



back