パンジー
朝、部活から戻って教室へ着くと女子が騒いでいた。
いつもとは違うその様子を不思議に思い声をかけてみると、どうやら雑誌に載っていたおまじないを試しているらしい。
「薬指だけ違う色でマニキュアを塗ると、好きな人に告白されるらしい」というよくある内容で、そんなんで告白されるようになったらみんなすぐ両想いやと呆れる。
夢がないだの夢くらい見させろだのと文句を言われたが、好きな人が被っとったらどうなるんやと言えば「たしかに〜!」と笑っていた。
そんな話題もすっかり忘れ、昼休みに部のミーティングに行った。
稲荷崎のバレー部には今年度からマネージャーが入った。
ファンクラブもあるくらい人気なので基本は募集していないのだが、今年になって北さんがこの人ならと連れてきたのが名前さんやった。
二人は幼馴染らしく、監督も北さんの紹介なら大丈夫だろうとすんなりOKになった。
名前さんの働きは素晴らしく、さすが北さんの幼馴染でなにをやらせても‘ちゃんと’やってくれる。
朝は北さんと一緒にきて帰りも一緒に帰る。
最初は付き合ってるんやないかって噂が流れたけど、北さんに聞いたら「妹みたいなもんや」と一蹴された。
それを聞いた名前さんが「なんで私が下やねん」と怒っていたのには少し笑った。
そしてそのマネージャーこそが俺の想い人で、みんなからは「身の程を弁えろ」との言葉をいただいている。
ミーティングで集まったとき、いつもと名前さんの雰囲気が違っていて不思議に思って観察していたら角名に「見すぎ」と言われた。
何が違うのかわからなくてそれを言うと少し考えた後「名前さん今日マニキュアしてるんじゃない?いつもしてないよね」との回答があった。
ああ、だからいつもよりどこか可愛らしいのかと思った瞬間、朝の女子たちの会話が思い起こされた。
「薬指のマニキュアだけ違う色で塗ると好きな人に告白されるんやって」
名前さんの左手の薬指は他の指と違ってキラキラしたピンク色に塗られていた。
名前さんにも想い人がいる?
それからのミーティングの内容は全く頭に入ってこなかった。
北さんにちゃんと聞けと叱られ、お昼ご飯も喉を通らなくてツムにまで心配される始末。
午後の授業はずっと名前さんの好きな人について考えていた。
本人は否定してたけどやっぱり北さん?
それとも話している時どこか楽しそうなツム?
考え出したらとまらなくて、バレー部のみんなが名前さんと仲良くしてる様子ばかり思い出していた。
部活が始まると流石に考える余裕もなくて集中したが、お昼を食べなかったツケが祟ってものすごくしんどかった。
フラフラになって部活を終えると、名前さんに「治くん、ちょっといい?」と呼ばれた。
なるべくいつも通りを心掛けて「用事ですか?」と聞けば「今日治くん昼の時から心ここに在らずって感じやったから心配で…」と言われ、まさかあなたのマニキュアのせいですなんていえずに「あー、疲れとったのかもです。休めば治ります」と伝えた。
「そう?ならよかった」なんて困ったように笑ってくれてことなきを得たが、結局なにも解決していないことにため息をついた。
名前さんの好きな人、誰なんやろか。
次の日、昼休みに天気がよかったので外でご飯でも食べようと思い中庭へ出向けば、既に先客がいたのでじゃあ他のベンチで…と通り過ぎようとしたその時に「名前はおまじないの効果あったん?」という声が聞こえてきて思わず隠れてしまった。
「なーんもあらへん!やっぱおまじないはおまじないでしかないな」と返したのは名前さんで、やっぱりあのマニキュアはおまじないだったのかとショックを受けた。
「まあ相手があの人やからな〜」
「せやねん、人気者やし私のことなんか眼中になさそうや」
「でも折角部活一緒になったんにええの?」
「部活は信介に頼まれてやってるから私情は持ち込まへんの!」
「でも格好ええし、早よせんと誰かに取られてしまうで?」
「うっ、それは泣いてしまうかもしれん…」
「治くん、この間も告られとったやん!」
名前さんの友人の告げた名前は間違いなく俺で、あまりの驚きに「えっ」と声が出た。
俺の声がした方へ顔をむけた名前さんは真っ青で「なんでおるん!」と叫んで逃げ出した。
名前さんの友人に「その顔を見る限り両想いやんな?早よ追っかけないと捕まらなくなるで」と言われ、急いで後を追いかけた。
途中いろんな人に見られてなんか色々言われていたが、そんなの関係あらへん。
意外にも名前さんはすばしっこくて、やっとのことで捕まえたのは体育館の裏だった。
「名前さん!」
息も絶え絶えに名前を呼び腕を掴むと、名前さんは泣きそうな顔でこちらを向いた。
「は、離して…!」
一生懸命手を振り解こうとしている名前さんには悪いが、離すわけにはいかない。
「名前さん、聞いたってほしいんです!」
「嫌や!」
「そのマニキュア、好きな人から告白されるっていうおまじないやってほんまですか?」
そう聞けば名前さんは顔を赤くして俯く。
「おまじない、効果覿面やと思います」
「俺、名前さんのこと好きやねん」
驚いて顔を上げた名前さんの唇にそっとキスをして、そのまま抱きしめた。
花言葉:私を思ってください
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