06

名前と付き合い始めたのは高二の時だった。

クラスに可愛い子がいるな、と思って目で追っていたらその花開くような笑顔に惹かれ、いつの間にか好きになっとった。

告白したのは俺からで、向こうも頷いて笑ってくれた時はこんなに幸せなことがあっていいのだろうかと思った。

それから今に至るまで特に喧嘩もすることなく暮らし、周りからは結婚秒読みやなとも言われとった。

俺ももう8年も一緒にいるから当たり前のように結婚すると思っとったし、名前もそのつもりだろうと疑わなかった。

でも、いざそろそろ結婚してもええんちゃう?と聞けば目線を逸らされ「あー、まあ…そのうちな」と流されてしまって、もしかして考えてるのは俺だけで、名前にそんなつもりはなかったのだろうかと思ったら、それ以降口にするのも怖くなった。

そんなある日、飲み会で顔が好みの女に声をかけられ酔った勢いで路上でキスをし、ホテル街の方へと歩いた。
本当に言い訳のしようもないくらい自分がアホだった。

なんとなく視線を感じ、ふと後ろを振り返ったら人混みの中に逃げる名前をみた。

しまった、そう思った時には何もかもが遅かった。

「早く行こうよ〜」と腕に絡まってくる女を突き飛ばし、急いで電話をしようとスマホを出す。

でも、なんて連絡する?
遊びやったんや?ほんの出来心で?

どんなことを言ってもその言葉は空虚で、スマホを持った手は力なく垂れ下がり、俺はその場に立ち尽くした。

その日は家に帰ることもできなくてサムのところに泊めてもらって夜を過ごした。

「名前ちゃんと喧嘩でもしたんか?」
そう聞かれたけど自分の行動があまりにも情けなくて何も言えなかった。

翌朝、名前がまだ寝てるであろう時間に帰ったら、靴がなくて慌てて部屋の扉を開けた。

荷物という荷物がなくなっていて「さようなら」という名前の声が聞こえた気がした。

慌てて共通の知り合いに連絡して居場所を聞くも、返ってくるのは知らんの一言。
どうしたらええんやろかと途方に暮れていたら、北さんから『仲直りしたいならうちに来たらええ』とLINEが入った。

居ても立っても居られず、電車を乗り継ぎ北さんの家へと向かった。
卒業してからもサムの手伝いで通っていたため道はすぐわかった。

駅から北さんの家へと向かう途中、視界に神社が見えて、吸い寄せられるように鳥居を潜った。

今はこんなことしてる場合とちゃうのに、そう思っても足はどんどん先へと進む。

不思議な気持ちのまま社へつくと、そこには名前がいて、声をかけようとした瞬間風が吹いた。
この時期に吹くには少し生暖かすぎる、肌にまとわりつくような風。

風の勢いに目を瞑ると、閉じている筈の瞳にはっきりと狛狐が笑ったのが見えた。

早く目を開けなきゃと思うが体が思うように動かなくて、俺はそこで意識がなくなるのを感じた。



back