あんず

昔から一人で行動するのが苦手で、姉御肌の友だちにひっついてまわってた。

小学校の通信簿には引っ込み思案と書かれ、男子には「金魚のフン」と呼ばれた。

そういう風に男の子に揶揄われるたびに泣き、それを見て「泣き虫」と野次られさらに泣かされる始末である。

こんな性格だから友だちはあまりできず、中学は一人寂しく過ごすことが多かった。

しかし、これではダメだと思い高校は私のことを知ってる人がいない遠くの学校を選んだ。
親元を離れ、叔母さんの家へ住むことになるので親には心配されたが、私の変わりたいという気持ちを汲んでくれた。

普段の臆病な自分を隠すべく流行りの髪型にして、メイクも春休みの間にマスターした。
慣れないコンタクトも入学式が始まる頃には当たり前になっていて、見た目が変わっただけなのに前より息がしやすくなった気がした。

そして挑んだ入学式で、私は恋に落ちた。


きっかけは些細なことだった。

まだみんな慣れない教室で、私が座るべき席に知らない人が気持ちよさそうに眠っていた。
何度見ても座席表に書いてあるその席は私ので、でも間違っていますよと寝ている人に声をかけるのも憚られて扉の付近で立ち尽くしていた。

そんなとき、背の高い男の子が私の席に座っている子を優しく起こして「そこ、席違うと思うよ」と声をかけてくれたのだ。

眠そうに起きたその子は、座席表と今座っている席を見比べて「ごめん、間違えた!」と慌てて本来の席へと戻っていった。

背の高い彼は私の方をみてにこりと笑い、彼もまた自分の席へと戻っていった。

私は慌てて自席へ座り、先程座った彼の名前を確認した。

『松川一静くん』

ヒーローだと思った。

それからしばらく過ごすと、彼がバレー部に入りその長身からレギュラー入り目前であることがわかった。

そんな時、初めてできた友だちがバレーが好きで、及川くんを見に行くから一緒にどうかと誘ってくれた。
バレー部の練習が見学OKなことを知らなかった私には、その誘いはとてもありがたかった。

バレーをしている松川くんは教室での優しそうな雰囲気から一変して、その瞳には獲物を狩るような鋭さがあった。

そのギャップが格好よくて、友だちがいないときも足繁くバレー部の練習へ行き、目立たないように端の方の席でひっそりとみた。

誰にも伝えるつもりのない、私の密かな恋だった。

その恋に転機が訪れたのは身体の芯から冷えるような寒い日だった。

ちょうどその日は日直で、先生からの頼まれごともしていていたら帰るのがすっかり遅くなってしまった。

途中で気づけばよかったのだが、外は雪が降っていて結構積もっている。
傘は今日に限って忘れていて、この雪の中何もささずに帰るのかとため息をついた。

仕方なしに外へ一歩を踏み出せば、濡れるはずの頭が濡れなかった。

不思議に思って上を見ればそこには大きな傘がさされていて、誰だろうと後ろを振り向いたら松川くんがいた。

「松川くん…」

「名字さんまさかこの雪の中傘もささずに帰るつもりだった?」

私を見下ろした彼は困った顔で「もしかして傘持ってない?」と聞いた。

「今日忘れちゃって…」

「俺の傘でよければこのまま入っててどうぞ」

「滅相もない!」

「はは、なにそれ。風邪ひいたら困るでしょ。もうちょっと近くにおいで」

優しく言われ、少し近づけば「えらいえらい」と頭を撫でてくれた。

松川くんはそのまま私を駅まで送ってくれ「気をつけてね、また明日」と手を振ってくれた。

遠ざかる松川くんの背中に、聞こえないくらいの小さな声で「好き」と呟いて、いつかもう少し自分に自信が持てたらこの気持ちを伝えてみようと思った。



花言葉:臆病な恋


愛音様、リクエストありがとうございました。



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