イカリソウ
「お見合い?」
「そう、お見合い。母さんの知り合いの方があんたのこと見て気に入ったみたいで、是非息子の嫁にって言ってきたのよ」
休日の朝、珍しく母から電話があったので出てみたらこれである。
「お母さん、私好きな人いるし行かへんからね!」
「気持ちを伝えるわけでもなくただ見てるだけやろ?あんたもいい歳になってきたんやから現実をみなさい」
ぐうの音もでない正論に「でも知らん人となんて嫌やもん!」と駄々をこねれば「みんな最初は知らん人や。頑張りィや」と言われ、「来週の土曜やからな。8時には迎えに行くから起きとくんやで」と言うだけ言って電話は切られた。
母の言い分も正しくて、私の片想いは高校の頃からなのでかれこれ10年近く続いている。
相手は高校の頃の先輩で、北信介先輩。
どんなことでも‘ちゃんと’やる北先輩の姿をみて、高校生でこんな落ち着いている人がいるのかと驚いた。
私の周りにいる男子といえば幼馴染の侑と治で、彼らは落ち着きとは無縁で何かあればすぐ喧嘩はするし、言葉遣いも荒く、私の扱いもなかなかにひどい。
「名前は俺らの幼なじみやろ?」と言ってバレー部のマネージャーをやらされるわ、私が北先輩のことを好いていることを知ればそれを餌に面倒くさい雑用を押しつけてきたりした。
まあ、双子のおかげで北先輩とも知り合えたし、治が北先輩のところと生産契約を結んでいるので高校を卒業してからも田植えの時期や収穫の時期になると先輩に会えるので感謝していないこともない。
うちの親がその様子をみて仲がいいと勘違いして、名前は侑くんと治くんどっちと付き合っているの?なんて聞いてきたのは今となっては笑い草だ。
しかし双子も役に立つもので、大学の時に告白されてお断りした男に付き纏われたときも、社会人になってストーカーにあったときも彼らはいの一番にかけつけ助けてくれた。
どうやら私は背が小さく大人しそうに見えるみたいで変な男に好かれる率が高いらしく、高校の時までそういった目に合わなかったのは双子が常にそばにいてくれたからだと気付いたのはわりと最近のことだ。
なにはともあれ、ここしばらく恋愛面で浮いた話もなくて気を抜いていたのが悪かったのだろう。
いつまでも嫁にいかない娘に痺れを切らした親の気持ちもわからないではない。
またいつものように侑か治に連絡して見合いから逃げ出す算段を整えようと、スマホを手にとった。
そして迎えた見合い当日。
治たちの作戦によると、私が見合いをしている最中にのりこんで「こいつは俺と結婚するからあげられない」と見合い相手に言って頭を下げてでてくるといったもので、少女漫画でよくみるやつだと少しテンションがあがった。
しかし、そういう風に断れば私が侑か治のどちらかと結婚しなくてはいけないのでは?と言ったら「「なんとかなる」」と自信満々に言ってのけた。
双子の自信がどこからくるのかは甚だ疑問だが、作戦実行者の彼らが言い切るんだからまあ、なんとかしてくれるのであろう。
そんなことを考えながら、これから向かうお見合いのために化粧を施され振袖を着付けてもらう。
振袖なんて成人式以来着ていないので苦しくて仕方がない。
全て終わり、鏡を見るとなかなかに可愛くなっていてこれがお見合いじゃなきゃなあとため息をついた。
「こちらへどうぞ」
そう案内されたのは料亭の一室で、障子を開けてもらえば中には私の見合い相手であろう男性と、その父親であろう男性が座っていた。
母が「今日はどうぞよろしくお願いします」といい、お見合いが始まった。
最初は私と見合い相手がどんな人間か軽く教え合い、なんとなく和んだところで母と相手の父親が常套句の「後は若いお二人で…」と言っていなくなった。
庭でも散歩しましょうかと、部屋を出て並んで歩く。
「名前さん、今日はご無理を聞いていただいてありがとうございます」
「いえ、こちらこそご足労いただきまして」
会社か!と思わずノリツッコミをしたが、流石に言えるわけもなく愛想笑いを浮かべる。
「実のところ、父にお願いしたのは僕なんです。以前名前さんのことをお見かけしたことがあって…」
彼が話してくれるのは間が保ちそうもない今はありがたいが、全くと言っていいほど興味がなく右から左へと言葉が通り過ぎていく。
早く双子来ないかなー、なんて考えていたら「…なので、名前さんさえよければこのお話、前向きに検討していただけないでしょうか」と締め括られ、再度脳内で会社か!とつっこんだ。
双子もこないし、自分でどうにかするしかないかとため息をついたその時、向こうから走ってくる人影が見えた。
双子にしては背が低いなと思ってじっと見ればそれは私が好いてやまない北先輩で、心底驚いた。
「すまん、遅なった」
そういい彼は私のことを抱きしめ、お見合い相手の彼に向き直り頭を下げた。
「申し訳ありませんが、この見合い話はなかったことにしてください」
そう言うや否や踵を返し、私の手を引きお店の入り口の方へと駆けた。
振袖の私が上手く走れなくて躓きそうになると「すまん、配慮が足らんかったな」とお姫様抱っこで私を抱えてさっきよりも早いスピードで走り出した。
入り口につくとそこには北先輩がいつも乗っている車があって、助手席に放り込まれると「シートベルトせえ」と言われ、それを確認した後車を走らせた。
展開が早くて頭がついていかない私に北先輩は「まあ、話は治の店でやな」と言い、この車の目的地がおにぎり宮であることを伝えた。
しばらく走るとお店につき、『本日定休日』とデカデカと書かれた扉をくぐる。
「「お姫さん奪還おめっとさ〜ん!!」」
そう出迎えてくれたのは侑と治で、何がどうなってるのか説明を求めれば、顔をあわせ「「俺らは名前が見合いやるって北さんに伝えただけやで」」とニヤリと笑った。
わけがわからないと北先輩の方を見れば
「すまん、名前が見合いって聞いて焦った。双子が知っとるから名前も知っとるもんやと思っとったけど…その様子だと知らんかったみたいやな。俺名前のこと好きやねん」
とこともなげに言ってのけた。
「ええ!?」
「両想いやと思っとったから安心してたわ。驕ったらアカンな」
「ちょ、先輩」
「今度ご挨拶に行くから親御さんの予定聞いといてな」
「え、待って、先輩…どういう…」
「結婚の挨拶はせなあかんやろ」
私の返事なんかわかってると言わんばかりの先輩の態度に、私はフラフラと椅子へと座ったのだった。
花言葉:君を離さない
愛音様、リクエストありがとうございました。
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