アイリス

小さい頃に神隠しにあったことがあるらしい。
“らしい”というのも、私自身は神隠しにあった覚えはないからだ。

その日は親戚の集まりで大人たちはみんな忙しくしていて、誰も小さい私に構う余裕がなかった。
仕方なしに近くの神社で一人遊んでいると、急に背の高い男の人があらわれて「名前…?」と私の名前を呼んだ。

「お兄ちゃんだあれ?名前のことしっとるの?」

そう尋ねれば「こんなことあるんやなあ」と面白そうに笑い「自分、一人で遊んでるん?」と聞かれた。

「みんないそがしいから遊んでくれないの」

「じゃあお兄ちゃんが一緒遊んだろうか?」

「ママが知らないひととお話ししたらいけんって言っとるからだめなん」

「お兄ちゃんは侑くんって言うんやで。もう知らん人とちゃうやろ?仲良くしたってや〜」

ニコニコと愛おしそうに笑う侑くんをみて、こんな優しそうで格好ええ人がおるんやなって子ども心に思ったのを覚えている。

「ええよ、名前やさしいから侑くんと遊んであげる」

偉そうに言ったけれど、本当は誰も構ってくれなかったので侑くんが遊んでくれるのがとても嬉しかったのだ。

侑くんは日が暮れるまで私と遊んでくれた。

いっぱい遊んで眠くなった私に「お別れは寂しいけど、名前なら見つけられるからな。俺のこと忘れたらあかんよ。探しにきてくれるの待っとるで」と優しくいい、抱きしめてくれた。

侑くんの腕の中はあったかくて、ポカポカした気持ちで私は眠りについた。

夢の中でママとパパが私のことを呼んでいて、その声に目を開けてみると目の前に泣いている二人がいた。

周りの人の話によると私が遊びに行ったのは昨日で、丸一日見つからなかったらしい。
その割にお腹も大して空いていない服の汚れも目立たなかったので不思議がられた。

侑くんの話をしたら、親戚のおじさんは「お狐様が遊んでくれとったんかもなあ」と言われ、私は『神隠しに遭った』とされたのだ。

私はそれから今に至るまでずっと、侑くんが私が寝てしまう前に言っていた言葉が頭から離れなかったし、どこかでまた会えると信じていた。

だからテレビの向こうに侑くんを見つけたときは、本当に嬉しかった。
侑くんの試合があれば遠くても観に行ったし、グッズもいっぱい買った。

でも侑くんに直接会う勇気はなくて、本当に試合を観に行くだけだった。

そんなある日、いつものように試合を観終えて帰ろうとしているところを侑くんに呼びとめられた。

彼は走って私のところへ来ると、周りの目を気にすることなく抱きしめ「名前!やっと会えた…!」と言ってくれた。

「小さい頃からずっと探しとった…!もう離さへん!!」

そう言ってくれた侑くんに私は「私もずっと探してた…」とこたえるのが精一杯だった。

-3年後-

今日は朝から「行きたいところがある」と侑が言いだした。

電車に揺られて着いたところは見覚えのある駅で、そういえば親戚の家がこの辺にあったなと思い出した。

「どこいくの?」と聞けば「行けばわかる」とだけ言い、私の手を引き歩いた。

着いたところは私が侑に初めて会ったお稲荷様で、その懐かしい風景に思わず目を閉じた。

目を開けると目の前にいたはずの侑はいなくて、代わりによく似た男の子がいた。

「おねーさん誰?」舌ったらずの口調に思わず笑みを溢し、「名前ちゃんだよ」と返す。

「おねーさん別嬪さんやな!俺がお嫁さんにもらったるわ!」と随分生意気な口を聞く彼に「知らない人とは付き合えないなあ、名前教えて?」と言えば「侑や!覚えとき!」と偉そうにふんぞりかえる。

「お嫁さんにしてくれるのは嬉しいけど、私は優しい人と結婚したいなあ」

「俺、めっちゃ優しいで!」

「じゃあ、侑くんが大きくなったら私を探しにきて?見つけてくれたらお嫁さんになってあげる」

「約束やからな!」

「うん、約束」

お互い小指を差し出して、お約束の唄をうたう。

ゆーびきーりげーんまん、うそついたらはりせんぼんのーますっ、ゆびきった!

少し調子の外れた音にのせて、約束が交わされる。

絡んだ指を解いたら侑くんの姿がぼんやりと薄くなって、終いには風にのまれて消えてしまった。

代わりに目の前に現れた侑の笑顔が、幼い頃からずっと会いたかったあの優しい笑顔の侑くんの顔と重なり、あの不思議な出来事は今日起こったのかと納得した。

「約束、守ってくれるんやろ?」

そう言って侑は私の手をとり、左手の薬指にその証をそっとはめた。


花言葉:愛の約束



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