眠り姫

期末テストの勉強をしに図書館へ行ったら、窓の側の陽の当たる席で気持ちよさそうに寝ている女の子がいた。

その人は次の日もその次の日もそこにいて、俺が見る限りでは起きている時はなかった。
何をしに来ているんだろうと呆れ、自分の勉強へと集中するが、他の人が真面目に机へと向かっている中突っ伏している彼女が気になって仕方がない。

そんな彼女が誰なのかわかったのは三日目のことで、木兎さんも一緒に勉強をすると言ってきた日だった。

「あかーし!俺に勉強教えて!」

「木兎さん、俺二年生です」

「知ってる!」

…こうなることがわかっていたのに引き受けてしまったのは、このテストで赤点を取れば木兎さんは補習のため部活に行けなくなるからで。

木兎さんももう三年生で、一緒にバレーをやる機会を少しでも減らしたくないと思っているのはきっと俺だけではないはず。

実際昨日は木葉さんが教えてくれているし、一昨日はマネージャーたちが面倒をみてくれた筈だ。

そして今日、お手上げと言われ二年生の俺にお鉢が回ってきた。
いや、三年生の手に余るのを俺に回されても困るのだが。

とりあえず文系科目は教えられるので、教科書とノートを出してもらいかいつまんで説明する。

元々集中力はあるので、覚えるところさえわかれば大人しく暗記に徹してくれた。

やっと自分の勉強ができると教科書に目を向けた時、窓のほうから遠慮がちに欠伸が聞こえた。

初めて起きているところを見た。

眠そうに目を擦り、しかし頑張って起きようと大きく背伸びをした彼女はとても可愛かった。

「あ、ひつじちゃんだ」

そう木兎さんが呟くのを聞いた。

「ひつじちゃん?」俺が尋ねると木兎さんは「いっつも気持ちよさそーに寝てて、みんな眠くなっちゃうから『ひつじちゃん』!」と説明してくれた。

なるほど、よくわからない。

「ふわふわしててかわいーよな!俺のクラスでも狙ってるやつ多いらしいよ!」

「そうなんですか…」

どこでもああいう風に寝ているとしたら危機感がなさすぎるなと思った。


次の日、ちょっとした好奇心で彼女の前に座り勉強を始めた。
スヤスヤと寝息を立てる彼女は俺に全く気づかず寝続ける。

長いまつ毛、ぷっくりした唇、ふわふわした髪の毛、庇護欲をかきたてるその容姿に胸が騒めくのを感じた。

名前も知らない人に感じるものではないと慌てて頭を振り、目の前のノートへと視線を戻す。

「あかーし…くん…」

彼女の口から、俺の名前が溢れる。
びっくりして目をやると彼女はまだ夢の中にいるようで、起きる気配はない。

寝言…だったのだろうか。
彼女は俺のことを知っている?

そう思った瞬間にさっき振り払ったはずの欲が俺の中に再度湧き上がるのを感じた。

俺の名前を呼んだ貴女が悪い。

そう心の中で言い、椅子を引き彼女の顔へ己の顔を近づけ、唇をそっと触れ合わせる。
彼女の閉じられていた瞳がパチリと開き、キスで目を覚ますなんてまるで眠り姫のようだと思った。

俺が近くにいることを認識した彼女の顔はみるみる赤くなり、俺はその様を見てほくそ笑んだ。

「俺の名前を夢で呼ぶくらい、想ってくれているんですか?」

そう、耳元で囁けば「なんで…」と彼女は呟き「俺も先輩のこと気になってます。名前教えてください」といえば消え入りそうな声で「名字名前です…」と教えてくれた。

彼女が眠り姫だというなら、キスをした俺はさしあたり王子様といったところだろうか。
自分らしからぬその発想に思わず笑ってしまい、彼女は不思議そうな顔をして俺を見上げた。


お題:可愛い寝顔



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