菖蒲
一年生の時に、駅で酔っ払いに絡まれていた時に助けてもらった。
みんなが見て見ぬふりをする中、彼だけは真っ直ぐ私のところへ向かってきてくれて「おい、そいつ嫌がってるだろ」と酔っ払いの腕を掴み、追い払ってくれたのだ。
同じ制服、でも同じ学年で見かけたことのない顔。
「ありがとうございます」とお礼を言うと、「怖かったろ、大丈夫か?」と私を気遣ってくれた。
私が大丈夫そうなのを確認すると彼はすぐ彼の友人が待つ方へと戻っていった。
「さすが岩ちゃん!男前〜!」
「困ってるやつがいたら助けんのは普通だろ」
そんな会話が聞こえて、彼の名前が「岩ちゃん」であることがわかった。
翌日友人にこの学校に背が高くて「岩ちゃん」なる男前がいるかを尋ねれば、それは二年生の岩泉先輩ではないかとの回答をもらった。
いつかちゃんとお礼がいいたい。
そう思って手紙をしたためたのだが、渡すことができないまま季節は過ぎていってあっという間に次の春を迎えた。
気にして見ていると、岩泉先輩はいつも一緒にいる及川先輩とはまた違ったタイプの目立ち方をするタイプだった。
困っているおばあちゃんの荷物を持ってあげたり、道に迷っている人がいれば声をかけて助けてあげたりしている。
決して親切を押し付けるのではなく、あくまで自然に助けを欲している人のもとへいくのである。
私にとってみてはヒーローの登場だったけど、彼にとっては生活の一部だったのかと妙に納得してしまった。
一生懸命書いた手紙は、彼は覚えていないことなのかもしれないと思うと渡すに渡せなかった。
あの時恋に落ちた私の心は、行く宛のないまま彷徨い続けたのだ。
それでも気づいてしまった恋心は簡単に忘れられなくて、気づけば視界に入れてしまうし、バレー部の練習をこっそり観に行ったりもした。
「いつまでそうやってこそこそしてるの?」
呆れた友人にそう言われたが、この恋は私の中で完結させてしまうのが一番なのではと思いはじめていたので「伝えるつもりはないよ」と返しておいた。
そんなある日、うちのバレー部が烏野高校に負けたという知らせが入った。
負け、つまり三年生の引退である。
もう岩泉先輩のバレーをしている姿は見られないのかと思うと残念なのと、この後の三年生は受験が控えているためあまり学校へと来ないので、本当にこの恋は終わりなんだなと少し寂しく思った。
一年半以上想っていた気持ちにサヨナラを告げるため、ずっと渡せないでいた手紙を焼却炉へと持っていった。
いざ燃やしてしまうとなると、なかなか気持ちに踏ん切りがつかず炉の前で立っていると、「おい」と声をかけられた。
聞き慣れた声に思わず振り向くと、そこには岩泉先輩がいた。
慌てて手紙を背に隠すと「それ、俺に渡すやつじゃねえの」と尋ねられ、なんでとかどうしてとか言葉にできないでいると「折角書いたんだから捨てんなよ」と手を出される。
一歩も引かない先輩に諦めて手紙を差し出すと、嬉しそうに笑ってくれた。
「この後時間あんなら一緒帰ろうぜ。あん時お前のこと助けたの、偶然じゃねぇからな」
そう言った岩泉先輩は少し照れくさそうに鼻をかいていて、耳は真っ赤に染まっていた。
花言葉:やさしい心
お題:出せない手紙
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