03
土曜日、いつものように制服に袖を通すと母から「あら、今日学校の日やった?」と怪訝そうな顔をされた。
私自身が部活をやっていないのもあって、休みの日に制服を着ることがほぼないので不思議に思ったのだろう。
気になっている男の子の応援に行きます、なんて少し気恥ずかしくて友だちの応援に行くと伝えると、察しのいい母は「ほんなら髪結んであげよか」といい鏡の前へと私を座らせた。
「どんなんがええ?」
「ん、なんでもええけど…」
「かわええ髪型がええな。編み込んでみるか」
髪を弄る母の手つきは慣れたもので、ものの数分で可愛らしい髪型にしてくれた。
「ん、こんなもんやな。褒めてもらえるとええなあ」
何もかも見透かしたような穏やかな笑みを浮かべた母に、敵わないなぁと小さく溢す。
「ありがと、行ってくるね」
「帰り遅なるようやったら連絡するんやで」
「はーい!」
**
学校までの道のりはいつもと同じなはずなのに、いつもよりもほんの少し輝いて見えた。
休みの日に初めて学校へ行くワクワクと、侑くんに会いに行くというドキドキが混ざり合う。
バスの中はポツポツと何人かいるだけで空席は十分にあるのに、落ち着かなくて立って揺られていたい気分だった。
学校へ着くと、バレー部の試合を観にきたであろう人たちで賑わっている。
練習試合だと言っていたからてっきりうちの学校の人たちくらいしか来ないと思っていたのに、意外と他校の女の子たちが多い。
そしてそんな彼女たちの手には『あつむ』『おさむ』のどちらかが書かれた団扇があり、彼らの人気が窺える。
「名前!」
名前を呼ばれて振り向けば友人が手を振っていて、よくこの人混みの中みつけられたなと感心した。
「会えへんかと思ったわ!」
「こんな人いると思わへんかった」
「双子顔がええからファン多いねんで」
「団扇持ってる人もおってびっくりしたわ。アイドルみたいやん」
「試合見てみたらわかるけどあれはマジでアイドルやで。ライバル多いから頑張りや!」
友人の言う通り、本当に気合いを入れないと私なんてその辺のモブになりそうだ。
それくらいみんなばっちりお化粧をしていて気合いがすごい。
「ま、でも名前はその侑くんに誘われたんやもんな。最近ええ感じやし余裕綽々なん?」
「いやいや、そんなことあらへんよ」
「侑くんは名前のこと好きやと思うけどな〜」
「そうやったらええなあ」
「周りからみたら両想いやで!自信持ったらええと思う!」
友人にそう励まされながら体育館へと入ると、当人である侑くんとバッチリ目があった。
侑くんは私に気づくと『来てくれたんやな』と口パクで言い、ニカッと笑って手を振ってくれた。
「ほら、旦那が手振っとるやん。振り返さんでええの?」
「旦那とちゃうし!…言われんでも返すわ!」
あまり大きく振ると目立つので、侑くんだけがわかるように小さく振り返す。
侑くんが試合に呼んだのも、手を振ってくれたのも私だけ。
他の子とは違う扱いに、ちょっとだけ優越感を覚えながら二階席へと向かった。
座って暫くすると試合が始まり、先程とは打って変わって真剣な眼差しの侑くんから目が離せない。
コートの向こうの対戦相手に鋭い目を向けるところなんて、さながら捕食者のようだ。
イケメンだからモテるのかと思っていたけど、多分それだけじゃない。
きっとみんなあのボールに触れるときの目で自分を見てもらいたいんだ。
愛してやまないと言わんばかりのあの瞳で。
胸が苦しいくらいにギュッと締め付けられるような感覚に、頭がクラクラする。
あんな格好いいなんて、聞いてない。
**
試合は稲荷崎の圧勝で終わった。
呆気ないくらい早く終わったことに驚いて友人に「いつもこんななん?」と聞いたら、何を当然のことを聞くのかと呆れられた。
「全国常連校な上にあの双子がおるんやから地区ではほぼ負けなしや」
「そ、そんなすごいんや…」
「知らんかったんか…」
なんか、侑くんが遠い人みたいだ。
ぼんやりした頭で侑くんの方を見ると、侑くんも私の方を見ていたみたいで、視線がはっきりと絡んだ。
侑くんの唇は『すぐ終わるから待っとって』と動き、私が頷いたのを確認すると侑くんはすぐコートの整備へと戻っていった。
誰にもわからない、私たちだけの会話。
秘密のやりとりをしているみたいですごくドキドキする。
早く侑くんに会って先程の試合の感想を伝えたい、はやる気持ちを抑えて私は誰もいないであろう体育館裏へと足を進めた。
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