02

いつものように家庭教師が家にきて、さあ勉強を始めますよと声をあげたときに、先生に質問を投げかけそれを考えている間にトイレへ行くフリをして逃げる。

先生たちも逃げられるのがわかっていながら、目の前に投げられた質問を放っておける性分ではない人たちが多いのでわりと頻繁に引っかかってくれる。

勿論逃げたら怒られるのだけれど、そうでもしないと朝起きてから寝るまでの間、私に自由時間なんてないに等しかった。

窓を開けて小鳥たちの囀りを聞くことも、庭に何の花が咲いたかを知ることも逃げない限りは何もできない。

今日はどこへ逃げようかな、と思っていたときに門のところに人がいるのが見えた。

付き人がいない時に知らない人に会ってはなりませんぞとじいやに散々言われたけれど、家の中にいるのだから誰かしらの知り合いだろうと自分に言い訳をして、好奇心の赴くまま近くへと行った。

「どちら様?」

そう質問を投げ掛ければその男性は大層驚いて「ここの家のお嬢様でしょ?俺なんかと喋っていいんですか?」と質問で返された。

「どちら様って聞いているのだけど?」

戻ってこない返事がもどかしく、再度聞くと「一静」と名前だけ教えてくれた。

「貴女は名前さん?」

「そうよ」

「最近は習い事で忙しいって聞いたけど、何してるの?」

私が逃げているのがわかっていながらその質問をする一静さんは少し意地悪な顔で笑っている。

「習い事ばかりでつまらないから逃げてるのよ。わかっていて聞いてるでしょう、意地悪なのね」

「家の中で逃げていて捕まらないの?」

「そりゃすぐ捕まるわよ。でもその少しの時間も私には大事な自分の時間なの」

貴方とはちがうんだから、と怒ってみせたら彼は笑ってこう言った。

「逃げたいのならこっちへおいでよ」

彼の提案にわくわくしながらついていくと、庭の端の方へと着いた。

「ここ、お嬢様なら通れると思うよ。逃げるなら思いっきり逃げないと。いつまでも籠の鳥でいいの?」

にこにこと笑いながら言うその言葉に棘を感じ「いいわけないでしょ!」と言い返して草と草の間を通り抜ける。

「俺もすぐ門の外に行くから、出たところで待っていてね」

後ろから聞こえた言葉に、彼はうちの門を簡単に出入りできる人なのか?という疑問が浮かんだ。
父が許した人しかあの門は出入りできないはずなのに。



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