木蓮

三年生の冬、バレー部からも引退して放課後やることもなく教師から頼まれた雑用をこなしていた時だった。

教室へ戻るといつもは誰もいない教室に珍しく人がいた。
同じクラスの名字さんで、本を机に開き気持ちよさそうに眠っている。

もう時間も遅いし起こした方がいいかと悩んでいたら人の気配を感じたのかもぞもぞと動き出した。

「ん…ふぁあ…」

大きな欠伸とともにまだ眠そうな声がでて、自らを起こすべく首を回したりしている。

すると俺に気づいたのかこちらに目線をやり、ふにゃっとした笑顔で「あ、北くんや。おはよお」と挨拶をした。

「もうおはようの時間とちゃうやろ」と思わずつっこめば「北くんでもツッコミするんやな!」と驚かれた。

「何見とったん?」

「ん?これ?」

「随分綺麗な写真集やなあ…」

「せやろ?この人の星の写真が綺麗でお小遣いはたいて買ったんよ」

そうやって名字さんが見せてくれたのは本当に綺麗な星空たちの写真で、これは高くても買いたくなるのもわかると思った。

「ほんまは今大阪の方でこの人のプラネタリウムがやっとるから行きたいんやけど、時期が時期やから友だちみんなアカンて言われてしもてなあ」

たしかにもう一月も終わりに近く、普通なら大学の二次試験の時期だ。

「名字さんはええの?」

「私は推薦もらってるから暇やねん」

「ほんなら、俺と行くか?」

名字さんの見せてくれた写真集をみて、単純に興味がわいた。
プラネタリウムなんて久しく行っていないが、天井に写る満天の星空にわくわくした記憶はある。

「ええの?北くんは受験大丈夫なん?」

「俺、卒業したら家の農家継ぐねん。時間はあるから大丈夫や」

「ほんならお願いしようかな!全国まわっとるんやけど、近くでやるのってあんまないから嬉しいわあ!」

「名字さんはいつ空いとる?」

「今週末は両方空いとるよ」

「ほな土曜でどうや?」

「ええよ!楽しみやなあ」

話がまとまり、お互いの連絡先を交換する。

「じゃあ土曜日に!」

「またな」

お互い手を振り別れ、土曜日に見られるであろう星空へと想いを馳せた。



そして土曜日、科学館へは大阪駅からバスが出ているらしいので駅で待ち合わせになったのだが、『着いたよ』とLINEがあったのに人が多くて肝心の名字さんが全然見つからない。

仕方なく電話をかけてもコール音が鳴り響くだけで名字さんはでない。
どないしたんやろと困っていたら、少し遠くから「北くーん!」と俺を呼ぶ声が聞こえた。

声の主は名字さんで、会えたことにホッとする。

「すまん!!待ち合わせ場所勘違いしとって…ま、間に合った…?」

時計に目をやり待ち合わせ時刻の5分前なことを確認すると、名字さんは大きな息を吐いた。

「北くんすごいしっかりしとるから遅刻なんてありえへんと思って焦った…」

心臓に手をやり「まだバクバクしとるわ」と言う名字さんが面白くて思わず笑ってしまう。

「笑いごととちゃうよ!バレー部の宮くんたち怒ってるのよく見とったから気が気じゃなかったわ!」

「怒ってへんよ。あれはあいつらがちゃんとせえへんのが悪い」

「でた!正論パンチ!」

額に手をやり大袈裟に天を見上げる名字さんをみて、こんなに面白い子ならもう少し前に仲良くなりたかったなと思った。

「ま、時間内やから大丈夫や。バスの方行こか」

「せやな!」

バスの道中は、名字さんがプラネタリウムについて説明してくれた。

小さい頃みた星を解説するプラネタリウムではなく、物語とともに星の解説が入るプラネタリウムらしく「北くんはこういうの初めてなんやね」と言われ「せやな、楽しみやわ」と返した。

科学館へつくと、もうすぐ上映のものがあったのでチケットを買う。

「北くんは星座とか詳しそうやね」

「高校までで習ったやつは覚えとるけど、それ以外のはわからんなあ」

「ひっ、私夏の大三角とかも怪しい…」

そんな他愛のない話をしていると、扉が開き席へと案内された。

しばらくするとアナウンスがあり、館内が暗くなる。

メロディーと共に流れる女性のナレーションに心地よさを感じ、俺自身読んだことのある物語にそって星の案内がされる。

夢のようなその時間はあっという間に終わり、館内が明るくなってもそのふわふわとした気持ちはなくならなかった。

ぼんやりしていると名字さんが「どうやった?」と聞いてきたので「また観たいなあ」と溢せば「他のやつもやっとるからそれも観てみる?」と笑ってくれた。

「いや、今日はええかな。なんか他のも観てしまうと勿体ない気がしてしまってなあ」

「せやろ!?そうやねん!!」

俺の感想に嬉しそうに笑う彼女をみて、心に暖かい気持ちがじんわりと広がった。

「なあ名字さん、これからもこうやって色んなところ一緒いかへん?」

そう言うと名字さんはひどく驚いた顔をして、そのあと嬉しそうに目を細め「ええよ」と言ってくれた。

この気持ちが恋に変化するのに、時間はあまりかからなそうだ。



花言葉:自然を愛する


お題:きらめく星空



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