ノコギリソウ

「また泣いとるん?」

俺の店に閉店間際にきておにぎりを頼み、さっきからずっと突っ伏して泣いているのは俺とツムの幼馴染である名前だ。

「泣いてへん」

「そんな鼻水ズルズルさせてとんのに?」

「泣いてへん!!」

頑なに顔を上げないのは泣いている顔を見られとうないからなんやろうけど、もう今更すぎてそんな意地を張らないでもええのにとため息をつく。

今日はもう閉店やなと暖簾を下げに外へとでる。

「今度はなにがあったん?」

後ろを向きながら声をかけると「モデルと腕組んで歩いとるのみた」と小さい声で返された。

名前は高校の時からずっとツムと付き合っとって、泣かされたことも数えきれないくらいある。
その度にやめればええのにと言ってはいるが「でも好きなんやもん」とズルズル関係を断ち切れないでいる。

泣かされる度俺のところへ来るこの幼馴染は、俺がツムなんかよりもずっと前から名前を好きなことを知らない。

別れるってツムにLINEして、慌ててここにすっ飛んでくるツムと仲直りしておしまいなのがいつものパターンで、俺はそれを見て名前のことを泣かしたツムに言い表せない怒りと嫉妬を感じるのだ。

「あんな、治」

「なんや?」

「私、辞令がでて今度東京に行くことになったん」

名前の口から出た言葉に一瞬時が止まる。

「やから、もうこれでおしまいやねん」

「いつか私だけのこと見てくれるってずっと思っとったけど、全然そんなことなかったわ」

その声には嗚咽が混じっていて、名前が覚悟を決めたのが伝わった。

「今までありがと、おにぎりご馳走様」

丁寧に両手を合わせ、トレーにお金を置く名前に「また会えるよな?」と聞けば悲しそうな顔で「どうやろな」とかわされた。

「もし、次会えたら俺と付き合うてくれる?」

「もうちょっとマシな口説き文句覚えてきたら考えたるわ」

少し楽しそうな顔に戻った名前に安心して「気をつけて行くんやで」と言えば「オカンか!」と今度こそ楽しそうに笑ってくれた。


花言葉:心の傷


お題:届かない想い



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