猫を拾う話
猫を拾った。
土砂降りの雨の中で視界も悪かったのに、その猫の綺麗な金色の毛が私の目に留まり、まるで出逢うのが必然だったかのように引き寄せられた。
雨に濡れて不機嫌そうな猫はギロリと私のことをひと睨みしたけれど、触れられてもぐったりとしているだけで抵抗する気配はない。
このまま放って置いたら死んでしまうかもしれない。
頭をよぎった不安は、私に考える余地を与えなかった。
すぐに家に入れ、濡れた身体を拭いてタオルに包み温かくしてあげると、漸く抵抗する気力がでてきたのか私に威嚇をしてきた。
「大丈夫だよ、私は君の味方だよ」
なるべくゆっくりと穏やかな声でそう声をかけ、優しく抱きしめる。
ああ、久しく生き物の温かさに触れていなかった。
猫を安心させるために抱きしめたはずなのに、逆に私の気持ちを解してもらったようだ。
ポタポタと、雫が床を濡らしていく。
辛かった。
ずっと一人で頑張ってきた。
そんな気持ちを感じ取ったのか、猫は私の顔に触れ、まるで大丈夫だよと言うかのように擦り寄ってくれた。
**
猫の瞳は綺麗な青色で、その瞳を見るたびに行ったこともない外国の海を想像し、職場と家を往復するだけの退屈な日常に彩りを添えてくれた。
毎朝6時に家を出て、帰るのは23時を超える所謂ブラック企業に勤めてる私には休日なんてほぼないに等しくて、旅行なんてもってのほかだった。
体力的にも精神的にもつらいけれど、両親は私が高校生の時に他界しているし、親戚と呼べる人たちとはその時に揉めてほぼ縁切り状態。
頼るところもないので日々耐えながら生きるしかない。
大学時代の友人も忙しさに連絡を疎かにしていたらいつの間にか友人というカテゴリーから外されてしまったし、このまま私がいなくなっても心配してくれる人は誰一人としていないんだろうなと少し寂しくなる。
「君がいてくれるだけで幸せ」
ギュッと抱きしめると、猫も嬉しそうな顔でニャアと鳴く。
「もしかして言葉がわかってるのかニャ?」
なんて言ったら「ニャ〜」と返事をしてくれたけれど、どこまでわかっているのかは謎である。
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猫がいなくなった。
会社から帰ったら、いつも居るはずのリビングにいない。
玄関は鍵がかかっていたし、窓も開いてない。
それなのに猫の姿が何処にもいない。
「なんで?何処行っちゃったの?」
まるで最初から猫なんて居なかったような部屋に、絶望を覚えた。
君がいなければ、こんな世界いたって意味ないのに。
**
泣き疲れてそのまま眠ってしまったらしい。
気づけば会社に行く時間はとうに過ぎていて、今すぐ家を出たところで間に合わない。
何もやる気がでない。
もうこのまま空気に溶けてなくなってしまいたい。
そう思っていたら、アパートの階段を誰かが上る音がして、インターホンの音が静かな部屋に鳴り響いた。
荷物も頼んでないし、訪ねてくる人なんていないから無視したっていい筈のに、何故か身体は玄関の扉へと向かっていった。
ガチャリと鍵を回し重い扉を開くと、外の光が隙間から差し込んだ。
「誰…?」
目の前には、スラっと背の高い金髪の男性が立っていて、その瞳の青が、猫のそれと綺麗に重なった。
「レディ、お迎えにあがりましたよ」
王子様かと思った。
「こんな世界クソ喰らえってなら、おれの世界へ一緒に行きませんか?」
両手を広げ、私がくるのを待ってくれている彼に、吸い寄せられるかの如く飛びついた。
**
目を開けると、今までいたアパートはかけらも見当たらなくて、目の前には今まで見たこともないくらい綺麗な海が広がっている。
「ようこそレディ」
そう言いながら私の手を取り跪いでキスをする彼の瞳は、ずっと行きたいと望んでいた海の青と同じ色だった。
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