三角チョコパイ
コートを着るにはまだ暑く、パーカーでは少し肌寒く感じる季節がやってきた。服装には困るものの、灼熱地獄になる夏よりは過ごしやすく好きな季節だった。綺麗な緑を見せていた葉っぱは、街中ではところどころ茶色へと変化しているのが見えた。急激な気温の変化に秋と呼んでもいいのかわからないものの、暦上は立派な秋だった。あと一ヶ月もしないうちに冬へ変わっていくけれど。ーーあ。
それが出ていることに気が付いたのは、たぶん人よりも遅めだと思う。出来る限りいろんな情報を見逃さないように気を付けていようが、忙しければ当然見逃すこともある。既にSNSでは数多の写真が投稿され尽くした後なのだろう。偶然店舗の前を通りかかった時に見かけた、この季節になれば現れる、おそらくみんなが好きであろうそれ。その場で足を止めて幟旗を見つめていると、口の中がその味になってしまった。
ズボンのポケットに突っ込んでいたスマホを取り出して、画面を光らせた。時間を確認する。今日は偶然にも早めに家を出ていたし、ひとつ食べるぐらいの時間ならあるだろう。足は自然と店内へと向かっていた。
「すみません、三角チョコパイ一つください」
事務所の近くで購入したそれは、万が一の遅刻を免れるために持ち帰りを選択。案の定まだ誰も来ていない控え室で購入した三角チョコパイを取り出して、会議用に設置されている横長のテーブルにティッシュを二、三枚重ねて敷いた。
いただきます、と手を合わせてから、可愛らしく猫のプリントがされた箱を開ける。半円型の蓋を食べやすいよう点線に沿って切り取る。三角の角を少しだけ出して一口。歯を立てれば表面の生地がパリと音を鳴らす。そのまま噛むとホロホロと敷いたティッシュの上にこぼれ落ちていく。うん、やっぱり敷いて正解だった。甘いものが人並みに好きであるから、これはほとんど毎年と言っていいほど食べている。後片付けが楽な食べ方は既に知っていた。
一口目では中のチョコレートまで到達しなかった。サクサクモッチリの生地を咀嚼して飲み込む。中のチョコレートが甘いからか、生地は微かに苦味を感じる。唇についた欠片を舌でぺろりと舐めとった。手に残った齧られたパイからは、チョコレートが今にも溢れ出しそうな見た目をして食べられるのを待っていた。
あ、と中身が零れないように口を大きく開けて、最初よりも大きい一口で齧る。口の中にどろりとチョコレートが広がって、甘さとともに思わず口から出してしまいそうなほどの熱を感じた。
「――おはようございます」
「あっつ……!?」
「え?」
なんとか熱いまま飲み込んで、その熱が無くなるわけでもないのに控え室に声を響かせた瞬間、タイミング悪く扉が開く。ゆっくりと開いた扉を見ると、驚いた表情をしてドアノブに手をかけたままの社長が動きを止めてそこにいた。
「…………おはようございます」
「おは、え?」
「もちさん? 大きい声聞こえましたけど大丈夫ですか?」
「ぉはざまーす。もちさん? 大丈夫?」
社長の両肩からひょっこりと顔を出す不破っちと甲斐田くん。六つの色とりどりの瞳と交じり合って、そして僕の手元へと移動する。自分の分しかないチョコパイに、イタズラがバレた子どものような気持ちになって咄嗟に隠そうと腕が動くが、動かしたらパイクズがいろんなところに散らばってしまうので我慢した。
「……今日なんで、三人揃って」
一人分の食べかけのチョコパイに、大きな声。勝手に気まずくなって視線は自然と下がっていく。別に、みんなの分がないからってとやかく言うような人達ではないけれど、なんとなく、勝手に。
話を逸らすために話題を無理やり変える。けれど実際、いつもバラバラの時間に――集合時間は守られている――やってくる三人が揃っているのは珍しかった。それで言えば一番乗りをした僕も珍しいかもしれないけど。
「下で……お会いして……」
「ふーん……」
「あの、剣持さん……」
「もちさん大丈夫?」
「舌火傷してへん?」
ああもう! 話題戻ってきちゃった! せっかく逸らしたと思ったのに! 逸らせたと思ったのに!!
心配の言葉がなんだかむず痒くて目を合わせることが出来ない。手に力を込めると中のパイがカサリと音を立てた。
「…………うん」
このぐらいどうって事ない、って返そうとして。でもそれは入ってきていきなり大声を出した僕に対する心配の言葉に見合わない気がして。だからと言って、大丈夫と言うのは、ちょっぴりヒリヒリしている舌を思えば違う気がして。
結局、普段回る口は大人しいまま頷くことしか出来なかった。
