毎朝毎夜、報道番組の星座占いを見ている時と玄関で踵の磨り減った革靴を脱いでいる時、彼はうわ言のように「眠りたい」と言う。現在進行形で疲弊している彼の口癖だ。しかし、一日の事を終えて眠るために一緒にベットに潜り込むと彼はだいたい私が眠るまで起きている。人一倍眠りたがっているのに、だ。
一度、もしかしてその矛盾の原因が私なのでは、とすごく焦りながら訳を聞いた。その時彼は少し吃りがちに「寝顔がかわいいから」と赤くなった耳を隠しながら教えてくれた。
だから私が眠るまでの少しの時間「今日の晩御飯美味しかった?」とか「帰ってくるの早かったね」とか当たり障りのないことを投げかけたら、「美味かった」とか「仕事頑張った」とか淡々とだけど返してくれる。彼の胸に頭を寄せたら逆剥けのできた手で私の髪を撫でてくれる。とても温かい私の好きな手だ。

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「隈、なかなか消えないね」
くすんだ目元を親指でなぞるとくすぐったそうに目をぎゅっと瞑った。

「...くすぐったいんだが」

少しつっけんどんに言った彼は顔を見られまいとうつむいてあの時のように耳を赤くしていた。見かけによらずウブだ。

「割とくすぐったがりだよね?」
「顔触られたら誰だってくすぐったくなるだ、ろ」

布と布が擦れる音がして、埃が少しだけ舞った。背中に回された腕の感触、うっすらと柔軟剤の匂いを感じて私は彼の首に腕を回した。

「やり返さないの?」
「くすぐるよりこうしたかった」

そう答えると彼は首元に顔を埋めて腕の力を強くした。

「今日はよく寝れそうかも」
「そうなの?」
「寝顔を見なくてもお前が傍に居るってわかるから」

ああ、そうだったんだ。
そう言う代わりにキスをした。淡青の瞳はもう閉じていた。

「おやすみなさい、独歩」




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Twitterから再掲 加筆修正