チリちゃんがアオキさんの嫁と対峙する話

まいど、チリちゃんやで。
午前中の面接予定をすべて終わらせた。慣れているとはいえ、何度も同じ質問を繰り返すことにはひどく気をつかう。まだジムバッジを集めきれていない子たちの努力を今から踏みにじりたくはない。

こんなときは気分転換でもしよ。外の空気を吸うために事務所の窓を開けると、リーグ前のポケモンセンター近くに1人の女性がきょろきょろとあたりを見回している。

……こんなとこで何やってんねやろ? リーグ職員の知り合い? それとも誰かのファンで、出待ち中やったりする?

興味本位で外へ出ると、先ほどの女性はまだ立ちすくんでいる。午後の予定までは時間あるし、どうしたもんか。

「ポケモンリーグに御用ですか?」

「あっ……! すみません、部外者がウロウロと……!」

声をかけたのは気まぐれだった。少しだけ目を見開いて驚いたかと思えば、すぐにほんのり顔を赤らめた。たぶん、この感じやと彼女、チリちゃんのことは知ってるんやろな。四天王のなかでは顔が売れてるほうやと思うし、こないだはポピーに「チリちゃんって女の子にも人気ありますの! あ、もちろんその中にはポピーも含まれてますので……!」と雑誌の記事を見せられたこともある。記事の内容はあんま読んでへんから知らんけど。

「あの、これを……」

出た。プレゼントやで、これは。どう見ても。彼女が持つ紙袋。細い持ち手をぎゅっと大事そうに握りしめている。紙袋の底は、片方の手で支えるように。
さて、誰への贈りもんやろなあ?
本命、自分で言うのもなんやけど、チリちゃん。
対抗、トップ。
もしかして忘れ物を届けに来てくれてるんやったら、ハッサクさんやポピーもありえるなあ。

「申し訳ありませんが、渡していただけますか?」

おずおずと差し出されたそれを、いったい誰に渡すねん。

「アオキさんへ」

「へ!? あ、アオキさん!?」

「はい」

思てた答えとちゃうねんけど。予想してへんかったからちょっと動揺してしもたやん。いや、まあ、そや、アオキさんかてファンの1人や2人おるやろ。四天王だけやなくジムリーダーもしてるんやから。そんな驚くもんちゃうわな。アオキさんにも彼女にも失礼やわ。彼女、嘘をついているようには見えへん。だって、こんなつぶらなひとみやで。フェアリータイプ一致ですか?

「すみません、申し遅れました。わたし……」

「ナマエさん、なぜこちらに……」

後ろから聞き慣れた小さ〜い声がしたかと思えば、アオキさんやった。ちょうどそらとぶタクシーでどっかから帰ってきはったみたい。イキリンコの鳴き声のほうがでかいんちゃうか。
アオキさんは慣れた手つきでネクタイを少しだけ直すと、すかさず女性のほうへ駆け寄るが、彼女はむくれた表情で、手持ちの紙袋をアオキさんへ押しつけた。
そしてこちらに向き直る。2人して。

「チリさん、ご紹介が遅れてすみません。彼女は自分の……」

「申し遅れました、アオキの妻の、ナマエと申します」

少し食い気味やで、奥さん。
ちょい待って。情報多いて。整理しよ。

チリちゃんは、ポケセン前に佇むきれーなひとがおるなあと思って声をかけました。誰かのファンかと思えば、アオキさんの奥さんでした。おわり。

自分は生活感ありませんって感じの雰囲気出してんのに、どういうこっちゃ……。しかも、彼女やなくて奥さんて。アオキさん、結婚してたんや。いや、別にええねんで。同僚が既婚者やろうが独身やろうが仕事に差し支えなんてあらへんもん。

「めずらしくお昼持ってくって言ったから作ったのに、忘れてたよ!」

「すみません……」

ただでさえ小声なアオキさんが、より小さく、心なしかしょんぼりしているように見える。あれはお弁当やってんな。いわゆる愛妻弁当。……アオキさんほど、その4文字が似合う人おらんのちゃう?

「チリさん、いつも夫がお世話になっております」

「いえいえこちらのほうこそお世話になっています。アオキさんの奥さんやとは知らず、えらい失礼なことを……」

「そんな! 図々しくリーグ前まで乗り込んできたわたしのほうこそ……」

あかん。堂々めぐりや。
渡された紙袋を大事そうに抱えているアオキさんは蚊帳の外やなあと思っていたら、誰かの腹の虫がぐうっと鳴った。

「すみません、もう我慢の限界のようです」

手を挙げたアオキさんがいつもと変わらぬ無表情で、奥さんの肩を抱きよせる。たちまちアオキさんが何か言うたみたいやけど、奥さんの耳に近すぎて言葉は聞き取れへんかった。ただ、とろけるような瞳でアオキさんを見つめてたんは確かで、外気にさらされて赤くなってるんか、それとも……。結局、何もわからずじまいで昼休みが始まってしまった。