つないだ手のひら


「買い出し行ってきて」

そう言い放ったのは誰だったか、泉水子にははっきりしない。気がつけば深行とともに学園の外に出されていて、カバンの中には買い出しのメモが入っている。

「行くぞ、鈴原」

言って深行が歩き出す。置いていかれないようにと泉水子は小走りで追いかけた。







この時期になるとどうしても忙しくなる。指揮を取っているわけでもない泉水子でこれなのだから、先陣切ってあれこれ取り仕切っている真響や高柳などは比ではないだろう。もちろん深行もだ。申し訳ないなと思う気持ちになるが、役に立とうなんて欲をだしても、自分にできることをひとつひとつこなしていくしかないのはわかっている。

「みんな張り切っているね」

昨年は戦国学園祭だった。今年のテーマはまだ確定はしていないが、留学生の受けを狙って「おもてなし」が有力候補だ。もともとはクラウスやアンジェリカが日本のメイド喫茶を見てみたい、やってみたいと言い出したのがきっかけなのだが。

「学園の一大イベントだし、生徒会として活動するなかでも大きな役目だからな」

今年は先輩たちが引退しているということも大きいだろう。

「特に宗田や高柳にしてみれば実力を見せる機会でもあるだろうし、各方面に能力を試されるとも言えるがより有能に見せつけておくのは今後のためにもなるから」

深行の言葉は、泉水子を守るためと言い換えることも出来るだろう。未来を諦めることをやめた泉水子は深行とともに大学進学を目指し始めたが、この高校生活の間にどれほどのものを得られるかは彼らにとって重要事項だ。
だからお前も頑張れよとは、言われずとも深行のその目が語っている。だから泉水子はひとつ頷いて気合いを入れ直した。

「まあ気負いすぎることはないけどな」

言って深行が小さく笑うから、泉水子はなぜか急に落ち着かない気分になってしまった。まるで夢から現実に引き戻されたような、それとも逆に夢に引きずり込まれたような、――深行くんが笑ってる。それだけのことなのに。

「鈴原?」

きっと学園祭のことを考えていたせいでもあるのだと思った。一年前、初めての学園祭、そこで起きた様々な出来事、泉水子と深行の距離感が大きく変わり始めたあの頃のことを。

「どうした、気分でも悪いか?」
「ううん、なんでもないの。ただ少し、これってデートみたいだなと思ったものだから」

気遣う視線の前で手を振って、いつの間にか空いていた距離を詰めて隣に並ぶ。徐々に強まる日差しに肌が汗ばむ。

「えっ、と」

不意に、手が触れた。
慌てて見つめると、深行は前を見たままそ知らぬ顔をしていて。なのにその手は泉水子の手のひらを包む。

あの夜から二人の関係は変わってきたものの、寮暮らしな上に関係性を大っぴらにしていないためにデートらしいデートなど出来ていない。一緒に過ごす時間はあっても、大抵は真響や真夏がいるし、三つ子が気を使っても高柳などは空気を読まない。いつも学校と寮の往復ではそんなものなのだろうとは理解しているのだが。
手をつなぐのもひさしぶりで、泉水子は頬が赤くなっていくのを感じた。頬だけではない、全身が熱を帯びていくような気がした。

「……本当にデートみたい」

手のひらがゆっくりと、指を絡ませるようにつなぎ直される。ぎゅ、と力が込められて、見つめてみても深行は何も言わないし見返してもこないけど、その耳が赤らんでいることに気づいてしまう。
深行も同じ気持ちでいてくれるのだろうか。汗ばむ自分の手が気にはなったけど、それより胸があたたかくなる心地で、泉水子はふわりと笑った。





執筆:14.08.06