カモフラージュ・シルエット


バサリ、突き返された報告書を机上に放った玲子は、無造作に椅子に腰を下ろした。その勢いに軋んだ音。
苛立ち任せに髪を掻き上げると、タイミングを見計らったかのように携帯が鳴る。表示を確認するや、玲子はひくりと顔を引きつらせ前のめりに突っ伏した。

「あああ、もうっ!」

左手がデスクを叩き、その音にまた苛立ちが募る。が、音に反応したのは玲子自身だけではない。

「しゅ、主任? あの……飲み物でも買ってきましょうか?」

恐る恐る湯田が声をかけるも、反応はない。重ねて呼びかけるとまるで唸りのような声が返った。

「――酒がいい」
「あっはい、……って勤務時間過ぎるまで待ってくださいよー!」

わぁかってるわよ。もぞりと身を起こせば班員の視線を集めていることに気づく。視線を流すと、逸らす者、苦笑を漏らす者、玲子はため息を吐く。
頬杖をついてペンを握り報告書をめくる。これでも頭を捻って書いたっていうのに……!
舌打ちしそうになって手元を睨みつけた。

「どうしました、主任」

コーヒーの入ったカップを差し出したのは石倉だ。

「ありがとう、保さん。……ちょっとね、お見合いだのなんだのうるさくて」
「お見合い、今の電話ですか?」
「そ。ついでにさっき日下から井岡がどうとか聞かされるし」
「重なりましたね」
「そうよ。ただでさえ報告書なんッかいも突き返されて腹立ってんのにまったく」

右手のペン先が書面を叩く。主任、と窘められ、放り出してコーヒーに持ち替えた。

「井岡さんも頑張りますねー」
「頑張りどころが間違ってるっつの」

湯田の感心しどころも間違っている。
睨めば笑いながら反対を向いて、代わりに菊田がチョコレートを寄越してきた。
銀紙を剥いてかじりとる。甘さとコーヒーの苦味とがほどよく混じり合う。

「今日上がったら呑みに行きますか?」
「そうねぇ、なんもなかったらそうしよっか?」

菊田の言葉にコーヒーを傾けながら頷く。
本当に、こういうことばかりで嫌になる。そりゃあ年齢的にはそんな話題も仕方ないことかもしれないし、想いを寄せられるのはありがたいことなのかもしれないが。

「ありがた迷惑ってまさにこういうことよねー、放っといてくれればいいのに」
「恋人でもいれば引き下がるんでしょうけどね」

穏やかに笑む石倉は自席に向かう。
と、湯田が勢いよく振り返った。目を大きく開いて、やけに笑顔なのが不可解で気にかかる。
飛び跳ねるようにしてずいと身を乗り出し、

「それっすよ!」

素晴らしいアイデアが浮かんだと言わんばかりの様子に、正直嫌な予感しかしない。

「主任に彼氏がいればいいんすよね!」

たった今、石倉が口にしたことを。
ただ、復唱されても。

湯田は仲間からのなんともいえない視線に気づかないようで、一人満足げに興奮気味に、繰り返し頷いている。

「いないもんはいないんだから、そんな簡単に――」
「だから作っちゃえばいーんですよ!」
「はぁ?」
「ナイスアイデア! じゃないっすか!?」
「湯田ぁ……」

ひとの話を聞けよ! すでにそうと突っ込むのも面倒な気分で、玲子は放置を決め込むことにした。
湯田は注目されていると思ってでもいるようで、

「主任に彼氏がいれば井岡さんも諦めがつくかもしれないし、お見合いなんて当然しなくて済むわけっすから」

そんなこと今更言われずともわかっていることだというのに。湯田は熱弁を振るう。
放置した玲子に従うように、菊田はデスクから取り出したパチンコの景品を整理し始め、石倉もまた眼鏡の位置を直し書類を広げる。

湯田は何やら不気味に笑う。

「ってことで、デートしちゃいましょうよ!」

にやにやと。湯田は言い放つ。
理解出来ずに眉をひそめた玲子たちの前で。

「菊田さん、セッティングなら俺やりますからっ」
「なんで俺に言うんだよ」
「え? だって主任とデートするなら菊田さんでしょ?」

さも当然のように小首を傾げる姿はさながら小動物……には見えない、なにしろその表情がやけににやついている。
玲子はポカンと口を開け、デスクに向き合っていた石倉も湯田を見やる。

「……ちょっと待って。いったい何がどうなってそうなった?」
「しゅにーん、俺の話聞いてなかったんすかー? 恋人なんて一朝一夕に出来るもんじゃないし、だったらとりあえずデートしてるところだけでも見せつけてやれば、って」

ね? と同意を求めてくるのだが。
当事者とされた二人は顔を見合わせて、互いに気まずげに逸らす。
特に井岡さんなんて菊田さんと張り合ってるようなところあるし、きっとショック受けて逃げ出しますって!
楽しげな湯田が一人語る。

微笑とも苦笑ともつかない笑みを浮かべた石倉が目を細め、湯田は鼻歌でも歌いだしそうな様子、なんともいえない表情の玲子と菊田。
十係に戻ってきた葉山が怪訝な顔をしたのも無理はないといえるだろう。





執筆:12.04.28