悪辣ピエロ 4
「はじめまして、茅野千紗です」
礼儀正しく正座で頭を下げた彼女は、まだ少女と呼んで差し支えない雰囲気を漂わせていた。薄化粧のためだろうか、聞いた年齢より若く見える。
ピンク色をした透明なフレームの眼鏡が、可愛らしすぎず彼女の丸みある顔に馴染んでいた。
「姫川玲子です。よろしくね」
玲子もまた、座卓を挟んだ向かいで小さく頭を下げる。足くずして、楽にしてねと言うと、ぎこちなくだがそれでもようやく微笑みが返り、玲子はわずかに安堵した。
千紗はまだそこまで追い詰められてはいない――。
「こいつ人見知りなんです。でも聞いたらちゃんと答えるんで」
「うん。あなたの身を守るためだもの、全力を尽くすから全力で応えてね」
「は、はい……」
まだ確証はないということで、ここ最近の通り待機と内勤だけで終わった。捜査中の殺人事件と起こりうる殺人事件、このつながりを確かな形として提示しなくてはならない。
証拠集めに足を運びたかったが、本人に直接話を聞かないことには今後の動きを決めかねる。また、その当事者を保護しなくてはならないし、加えて菊田が迎えに行くと告げているとのことだったため、定時で一旦解散し、第二の会議室に集合となった。
「こいつ、とか仲のよさアピールっすか?」
「馬鹿なこと言ってんな、湯田」
「すんませーん」
いつもの居酒屋だが座卓にはいつもより様々な皿が並ぶ。千紗を考えてのことだろう。彼女をよく知る菊田か店で張り切る湯田か、どちらによるものかはわからないが。
千紗は恐る恐る箸を伸ばす。
警戒心のある様子は今回の件の影響か、元来の性格なのか。ふわりとした雰囲気と相まって、守ってやりたくなるような子だ。
――男が好きそうな感じよね。
観察していると目が合った。小首を傾げる姿も様になる。ぶりっこの気配もなし、天然素材か。
「参考までに自己紹介」
千紗の隣で菊田が促す。
「えっと……二十五歳です、家族は両親と兄がいて今は一人暮らししてます。仕事はデパートのケーキ屋さんで働いてて……」
「いい年してバイトだけど」
うるさい。菊田からのツッコミに対して小さくつぶやかれた声に、玲子はちょっと笑ってしまった。
やわらかな感じの女の子らしい女の子だと思ったのに、それだけということもなさそうだ。
「なに笑ってんすか?」
「ん? 別に?」
玲子は唐揚げを頬張りこぼれそうになる笑いを押し隠した。
なんだか普段の湯田との遣り取りと近いものがある。兄貴面しているくせに時に遊ばれているというか、兄妹のようなものだと言うからその分付き合いも長く遠慮もないのだろう、やりこめられる菊田が見られるかもしれない。
「店員ってことは店で目を付けられた可能性が高いですかね、主任」
「そうね。心当たりはないのよね?」
「あ、はい。うちは男性客も結構いらっしゃいますけど、特に変わった人もいないし、何か言ってきたとかも記憶にないですし……」
石倉の言葉に重ねて問いかける。ちょびりとサワーを舐めるように呑む千紗は本当に何もわからないようだ。訳もわからず困惑して、恐怖して。
「確認なんだけど、ここのところ続けざまに写真が送られてきてるのね」
「はい……送られてっていうか、」
「直接投函されてる」
小さく縦に振られる顔が白い。酒も料理も、味なんて感じていないのかもしれない。
千紗が背後に置いていたバッグに手を回し、取り出されたのは薄いグリーンの封筒。
「捨てちゃダメだと思ってまとめておきました」
断ってから開く。中には数枚の写真。
一枚、一枚と繰れば、写っているのはどれも何気ない光景。ただ異性と会話しているというだけ。
「それで、ストーカーに殺された人がいてあなたの状態と似てるかもしれないって話を聞いたのね? 誰から?」
「友達……の友達っていうか、あの、写真にも写ってます」
卓上に広げた写真の上を指が滑る。差されたのは中でもとりわけ年若い男。芝村弘也というらしい。ある程度親しくしてはいるものの、一対一で会うほどの仲ではなく、この時も写っていないだけで女友達も一緒だったと。
細身で人懐っこそうな柔和な顔立ちが見て取れる。印象としては優男か。二十歳を超えたばかりだという。
男なのに折れそうだなと思ったら声に出ていたようで、葉山にぎょっと見られ、湯田には「さすが主任……」と若干引きつった笑顔を向けられてしまう。
――さすがとか、いったいあたしをどんな人間だと思ってるの。
「折らないでくださいよ」
「は!? するわけないでしょうが!」
「念のためです。念のため」
「湯田も菊田も……! あんたたち、あたしをなんだと思ってるのよ!」
手にしていたジョッキが座卓の上で大きな音を立てた。叩き下ろしてしまった。
「泣く子も黙る姫川玲子主任です」
しれっと言ってのける菊田が腹立たしい。泣く子は泣いたままだっての。
睨みつけてもどこ吹く風だ。くっそ、今日はちょうど斜向かいだから睨みやすいのに効果がないなんて。
勢いよく菊田の皿に乗せられた焼き豚に箸を突き刺せば、やっと反応が返ったことに満足してかぶりつく。
と、千紗が吹き出した。
「みなさんほんと仲いいんですね」
初めて目にする楽しげな表情に、焼き豚を咀嚼して玲子も笑み返す。
「チームワークは他班には負けない自信あるわね」
自慢の仲間だもの。
……とは気恥ずかしくて口には出せなかったが、伝わったのか千紗の目が細くなった。優しい笑顔。あの夜がなければ自分もこんな顔をして笑うこともあっただろうか。
かの夜の交錯
――仮定など意味はなく、見るべきは現在
執筆:12.05.05