悪辣ピエロ 5


ひとまず千紗をホテルに送り届け、そこで保護することとなった。彼女の職場には菊田が迎えに行った際に事情を話し、当面の休職を得ている。
さて、と居酒屋に居座った姫川班は、皿を脇によけ捜査資料を大きく広げた。まだ千紗の状況確認を済ませただけで検証は終わっていない。

「どう思う?」

ざっくりした問いだが、返答があると知っている。そうですね、と石倉が唸る。ストーカーの卑劣さに娘を持つ父親として平静でいられないのだろう。

「手順というか、遣り口は似てますよね」
「ええ、あたしもノリと同意見」

最初につきまとい、次に無言電話、続いて写真を送りつけ、監視していることをアピールしているようだ。
ここまでの流れは同じ。だがそれくらいのことは偶然かもしれない、ストーカー行為としてはありがちともいえる。
それでも似ていると思わせる何かがある気がした。

「さらに原因も目的も正体も不明という点が一致」

言いつつ資料をめくる。玲子は片肘をついて顎を乗せた。
書き連ねられた殺人事件の被害者である曽根崎啓子のストーカー被害。周囲の情報によると、見えない何かに雁字搦めになっているみたいだと漏らしていたらしい。何者かに監視され身動き取れなくなっていたということだろう。

「うーん、被害者との面識はないんですよねぇ?」
「名前も顔もね。友達の友達ってやつから噂を聞かなきゃ、あの子は何も知らないままだった」
「知らずにいるのと知った今と、どっちがよかったんでしょうね」
「さぁね、ストーカーに遭ってる事実は変わらないし。ただ……」

ただ、行き着く先が【死】かもしれないと、突きつけられたことは恐怖だったろう。
いつか終わるかもしれない、犯人が諦めたり飽きたりしてこんな日々もそう長くは続かない、そう、信じたいだろうに。
まあ、噂になるのは仕方がない。事件はニュースで流されているし、区は違うとはいえ同じ都内。
友達の友達から聞いた話、なんてものは出所不明のよく耳にする噂話の定番だし、誰かしらどこか遠いつながりがあったとしてもおかしくはない。

「怖いっすね。聞いてるだけの俺も気味悪いですもん、当事者の女の子ともなると怖くて仕方ないだろうなぁ……」

湯田の独り言めいたつぶやきが静かに落ちる。

「主任」
「ああ菊田。おかえり」

襖が開いて、送るために出ていた菊田が姿を現した。座布団に腰を下ろしあぐらをかく。

「お疲れ。どうだった?」
「昼間の電話よりずいぶん落ち着いてました、タクシーの中で主任の話ばっかりしてましたよ」
「あら。悪口なんて言ってないでしょうね、菊田ぁ?」
「まさか。武勇伝を語って聞かせただけです」

……ってなんだそれは。
じろりと玲子が見上げると、菊田は笑って肩をすくめてみせた。
その手が卓上の一枚を拾い上げる。

「帳場、入り込めそうですか?」

印刷されているのは曽根崎に送られてきた写真だ。アングルや雰囲気、湯田の手元に広げられた複数枚の写真と、印象が重なる。

「入り込んでみせるわよ」

確たる証拠はない。それでも感覚が。見えない何かが告げている。これは、そうなのだと。

「とりあえず明日アサイチで話つけてくる。なんかあったら連絡入れるから、みんなも何かあったら携帯ね」
「わかりました」
「はいっ」
「じゃあ今日はこの辺にしときましょっか」

お疲れさまでした。声を揃え、散らかした卓上を片付ける。
資料をひとまとめにした葉山が、写真を封筒に収め直した湯田が、玲子に手渡す。石倉の拾い上げた、床に放り投げられたままだった茶封筒にそれらをしまい、バッグへと。

席を立つ玲子に付き従うよう菊田が続き、店の外で二手に別れての解散となった。





確証なき確信

――真実を告げるのはいつだって





執筆:12.05.06