悪辣ピエロ 6
「……お疲れさまです」
ホテルのドアを開け入った玲子にかけられた声に、断りを入れてから明かりを点ける。送ってくれた菊田とは別れたが、今夜は部屋に一人ではない。
照らされた室内はツインルームで、片側のベッドに人影。先ほどよりラフな、部屋着らしきワンピースに着替えた千紗が小さく腰掛けている。タクシーに乗ったと言っていたから、一旦自宅まで戻って取ってきたものなのだろう。
「まだ起きてたのね。ここんとこあんまり眠れてなかったんじゃない?」
「まぁ……」
「寝てていいって菊田言わなかったの?」
「言われました、けど、」
「ま、いろいろあると神経高ぶって落ち着けないか」
玲子と千紗は一つの部屋に滞在することになっていた。彼女を保護すると決めた時に考えたことだった。
捜査になれば玲子は実家に戻らずホテルに泊まるのだし、ならば同室にしてしまえば警護もしやすいだろうと。
隣のベッドに玲子も腰を落とす。
千紗は落ち着かなさげに見上げてくる。
「あの、」
「ん?」
「ご迷惑、おかけします」
頭を下げて、謝るように。
周りを気にしている場合じゃないだろうに。自分こそが犯人に迷惑を被っている立場だというのに。
犯罪を犯しながらも自分の罪の重さを自覚しない人間もいれば、こうして被害を受けながら遠慮がちな人間もいる。常々思うことだが、かくも人間とは不思議なものだ。
菊田が可愛がるわけだ。純粋すぎて心許ない。これで玲子と五つほどしか年は違わないとは。
「謙虚なのはいいことだけどね、あなたは被害者であたしたちは警察、警察は国民を守って然るべき。あなたの場合いっそそうとでも思っちゃいなさい」
これまでは大丈夫だったとしても、出会う相手がこれからもイイヒトとは限らない。
社会に応じたしたたかさを身につけなくては、付け込まれる心配がある。子供ではないのだから。自分の身は自分で守らなければ。
苦く笑って玲子は立ち上がる。化粧を落としてシャワーを浴びて、寝る準備をしなくては。
「……姫川さんは」
備え付けの洗面所に向かおうとした背中に声が投げられた。
振り向けば、自分をまっすぐと見つめる眼差し。
「格好いいですね」
微笑みとともに向けられた言葉に戸惑う。理由がわからない。意味がわからない。
「……何が?」
「まっすぐ前を向いて戦ってる感じが」
「警察は男社会だからね、肩肘張って強がって生きてなきゃやってけないのよ」
一度死んだから、強くならなければ新しい自分が生まれることは出来なかった。
警察という世界で正義という力を振りかざして生きると決めたから、強くならなければ進めなかった。
強くなければならなかった。生きるために。自分であるために。戦うために。
「強くあろうとしてるのが、やっぱり格好いいと思います」
――なんだろう、この子は。
まっすぐすぎて落ち着かない。妙な居心地の悪さに、玲子は逃げるようにして洗面所へと姿を隠した。
眠れない夜に
――夢と現に縛られて
執筆:12.05.07