悪辣ピエロ 12
「茅野さん、久しぶり」
数日ぶりに外出した千紗は、石倉と刑事とともに自室へと足を運んだ帰り、偶然にも学生時代のクラスメートと再会した。例の写真にも写っていた一人だった。
「あ、うん、久しぶり」
「大丈夫? 大変なことになってるんだろ?」
「……うん」
ちょうど部屋で現状の確認をしてきたところだった。写真は届いていなかった、だが――
「茅野さんは我々で保護していますので」
石倉がさり気なく千紗を庇うように立つ。まだ容疑者も上がっていない段階ではすべてが警戒対象だ。
市川俊介と名乗った彼は、わりと長身で人好きのする容姿をしている。千紗は困ったように眉を下げて笑う。
「犯人捕まったらまた遊び行こうな。カラオケとかさ」
「うん、ありがとう……」
大きな通りのため通行人を避けながらの市川の様子に嘘はなさそうに見えた。刑事が前後左右に視線を走らせている。
市川が千紗の顔を覗き込んだ。顔色の悪さが気にかかったのだろう。石倉からしても青白くなっている彼女は倒れそうで心配ではあった。
「茅野さん?」
「大丈夫、もう少しの辛抱だから。もうすぐもとの生活に戻れるから」
「……そうです。我々があなたの日常を取り戻してみせます」
そう言わずにはいられなかった。俯き自分に言い聞かせるような彼女を励まさずには――。
ついいましがた訪れた、千紗が一人暮らしをしている部屋。数日の間、留守になっていた部屋。マンションの一室。
まだホテル住まいが続くということで、クリーニングにでも出さなければ足りなくなってきた着替えなど、必要なものを取りに戻ったのだ。
写真はなかった。だが玄関を開けた途端に広がった光景は、少なからず異様な空気を持っていた。
「……よろしく、お願いします」
玄関先に転がる、ペン、ノート、ヘアピン、手鏡、リップ、ブラシ、小説など。そこに落としたはずもないものが。
聞けば、それらはすべて無くしたと思っていたものだという。
毎日のように誰かしらがチェックに足を運んでいたというのに、新たな被害者が出て慌ただしくなっていたこの一日二日でこんな状態になるとは。
あ、と刑事が声を上げた。
「笠木陽菜ですね」
石倉へと耳打ち。顔写真を見せられていたからだろう、刑事は見覚えのある顔に反応したようだ。
それは確かに、石倉も記憶した人物。千紗の友人である。
「……ヒナ? どうしたの?」
驚いた様子から、千紗にとっても予想外のことだと知れた。笠木は石倉たちにお辞儀をし、市川の存在に瞬く。
「かやのんが心配だったから。それより市川さんこそどうして?」
「たまたま会ったの。今はちょっと話してただけなんだけど……」
「俺もう行くし気にしないで」
「あ、ごめんなさい市川さん、そういうつもりじゃ、」
「いやいや、またな茅野さん」
笑って手を振る市川は、笠木の様子に気を悪くするでもなく背を向けて立ち去る。笠木は何事なのかその背中を注視していた。
刑事が怪訝な表情を浮かべる。千紗は首を傾げている。石倉は、さり気なく笠木から離した千紗を促した。
「ずっとこんなところにいるわけにもいかないから茅野さん、戻ろうか」
引き離された笠木は不満そうな様子で視線を寄越す。
「私も行っちゃダメですか?」
「すみません、茅野さんの安全のためですので」
「私かやのんに危害加えたりなんかしないし、居場所とかも誰にも言わないですよ」
「申し訳ないですが」
丁重に断りを入れる。それでも食い下がろうとするのを、石倉の目配せを受けた千紗がやんわりと宥めた。
「ごめんね、でもヒナにも迷惑かけちゃったら嫌だから……」
心労で顔色の悪い彼女にそう言われては強引にも出来ないと見え、笠木は小さく頷いた。心配そうに千紗を見つめて、無理をしないよう声をかけて。
石倉と刑事は、千紗を間に挟むようにして周囲を警戒しホテルへと戻るのだった。
見えない影が
――近づく、ちらつく、その、
執筆:12.05.24