何気ない日々を生きている
「ねぇ渚ぁ」
もしも、の世界があったなら義兄になっていたかもしれない男の声が呼ぶ。何度も繰り返し繰り返し、渚、と。名前を口にする。
「……なに」
捜査中ではないプライベートで一人歩いていただけとはいえ、さすがに放置しきれなくなって一瞥をくれた渚に、菊池謙人はふにゃりとでも形容すればいいのか、表情を崩して笑う。
「なーぎさっ」
「だからなんなのよ」
嬉しそうに顔を覗き込んで笑うから、渚は苛立ちのまま顔を背けてため息だ。
「もう、つれないなぁ渚ってば。せっかくこうして会いに来たっていうのに」
「頼んでない」
「またまたぁ。渚も会いたかったでしょ?」
「んなわけないし」
冷たく言い放ってもへこたれないこの男は、一体どうしたらこちらの意思を理解してくれるのか。
「渚ぁ」
「うざ、消えろ」
「もう、どうしたら俺のこと心許してくれるわけ?」
「どうしたところでなんにもなんねーよ」
「つーめーたーいー」
出会ってから徹頭徹尾こうした態度を貫いているというのに、今更冷たいなどと言われても。冷たくなかった時などなかったはずなのだが。
「ちょっとは歩み寄ってよ、俺こんなに渚のこと想ってんのに」
恥ずかしげもなく歩く道すがらに吐く台詞ではないのではないだろうか。
「好きだよ、渚」
「うざいことこの上ないさっさと失せろっつってんだろストーカー」
一息で言い捨てると謙人の足が止まり、置き去りにしながらちらと目をやれば、わざとらしく電柱に手をつき落ち込んでいる。
「……バーカ」
口の端がゆるみそうになるが、謙人がそれに気付くはずもない。一生見せてやるつもりもない。
こんなやり取りが意外と嫌いではないなんて……認めはしないのだから。
執筆:16.03.17