冷静沈着な嘘つきが言うには



 ――ああ、またキレちゃった。


 少しずつ、それでも着実に育ちはじめたフェローに対して、声を荒らげてしまったのはこれで何度目になるだろうか。

 認められないわけじゃない。認めていないわけじゃない。最初こそこれで救命を回していけるのかと不安にさせられるばかりだった彼らも、今では医師としての意識もしっかりとしてきて、患者に寄り添うことも覚えてきたと感じている。
 それなのに、また。

「最近のお前は激しいな」

 背後からの声に返す言葉もない。白石はへリポートの柵に腰掛けたままドクターヘリを眺め続ける。

「俺が戻ってきた頃は、言い方がキツイって散々ぶつかってきたくせに。今ではどの口が言ってたのかわからなくなる」
「……放っといてよ」

 冷静になる時間が欲しくて一人になりたいと出てきたというのに、どうして藍沢は追いかけてきてしまうのか。
 隣の柵に腰掛ける気配。反対を向いて座った彼は澄ました顔でいつもと変わらない。

 ああ、とため息とともに思う。
 藍沢は揺らがない。昔から冷静沈着で、確かな腕を持っていて、己の道を行く。フェローたちを指導するのも叱責するのもそう変わらないトーンで。
 自分も随分と冷静に対処できるようになったと思っていたのに、すぐに揺らいでぐらついて。スタッフリーダーだというのに情けない。

「白石は」

 ただそこに佇んでいた藍沢が口を開く。

「それでいいんじゃないか」

 淡々とした、普段通りの声音で。
 唐突な言葉に振り向く白石を見返しもせずに。

「お前のそういう感情が豊かな部分は悪くない。現場で冷静な診断をするようになったことは評価するが、お前らしさを失くす必要はないだろう。俺はそう思う」
「……私らしさなんて」
「まあでも、お前が声を荒らげて注意する姿を見るなんて昔は想像もしなかったが」

 いつもより言葉が多いのはフォローしてくれているつもりなのか、その声には笑みが含まれて感じて白石は気恥ずかしくなる。
 風が髪を揺らすのを幸いと、頭に手をやって表情を隠す。

「藍沢先生には変なところばっかり見られてるよね」
「他人の顔色をうかがってばかりいるお前より、泣いたり怒鳴ったりするお前を見ているほうがいい」

 言われてみれば、すぐ感情を高ぶらせる性格は変わらなくとも、昔はじっと抱え込むことのほうが多かった。母親にもそういう風に育ててしまって悔やんでいるというようなことを告白された記憶もある。

「白石があいつらに我慢ならなくなるのは期待してるからだろう。俺は辞めてくれてもいいと思いながら接してるから大して気にならないけどな」

 嘘ばっかり。
 表情を動かすことなく飄々と嘘を言い放つから、おかしくなって小さく笑う。
 それならあんなにきちんとした指導なんてするわけがない。時に突き放しながらも粘り強く見守っている姿を白石は見てきた。

 藍沢が柵から身を離す。爆発する前に発散しろよと肩を叩いて戻っていく。
 長らく離れて働いていたというのに、わかったようなことを言って。悔しいなあ、なんて思いながらも笑みが浮かんでくるのは何故だろう。

 大きく深呼吸をして見上げた空は、どこまでも広く広く世界を包んでいるようだった。