脳外科の内線が鳴る。ちょうどそばに立っていた新海が受話器を取ると、それは応援を求める救命センターからの連絡だった。
「救命の白石先生からコンサル依頼です」
デスクに腰を落ち着けていた部長の西条に報告する。そのタイミングで先ほど開いたドアから入ってこようとしていた藍沢が口を開く。
「行ってくる」
ドアを閉める間もなくそのまま引き返して出ていくものだから、西条は苦笑をこぼす。
「白石先生、藍沢が向かいましたので」
「わかりました。ありがとうございます!」
告げればすぐさま通話は切られる。
そういえばヘリが飛んでいたのを見たように思う。藍沢も真剣な眼差しで窓の外を眺めていた。コンサル依頼が投げ込まれる可能性に思い馳せていたのかもしれない。
「藍沢のやつ、良いように使われすぎてやしませんか?」
「まあ俺は救命の尻拭いに駆り出されなくてよくなったから楽になったけどな。まあ古巣なんだ、あいつにも思うところがあるんだろうよ」
西条は訳知り顔で放っておけと言う。しかし新海からしてみれば、救命から脳外に異動し自ら慌ただしい最前線から外れておきながらも積極的に応援に駆けつけるというのが腑に落ちない。
新海が藍沢とともに働くようになってすでに数年を経ている。確かに自分の腕を磨き知識を得ることにかけては誰よりも意欲的なことは認める、それでも脳外だけでも充分に忙しく休息らしい休息を確保するのも一苦労だというのに。
救命からのコンサル依頼に真っ先に駆け出すのは決まって藍沢なのだ。
「悪い、昼間のオペ記録まだ書けてなかった」
戻ってくるなり自分のデスクで記入を始める藍沢に、新海は自分用のついでにとコーヒーを差し出す。
「救命どうだったんだ?」
「ああ、硬膜外血腫だ。オペも無事終えたし問題ない」
「まああっさり帰ってきたんだからそれはそうなんだろうけどな」
初めて顔を合わせたときから何を考えているのかわからないような男だったが、無愛想で言葉が少ないためか、時に会話が噛み合わない。
「お前、脳外で働いてるのに救命を気にしすぎじゃないか?」
「気に……してるか?」
記録書から顔を上げ首を捻る藍沢。まさか自覚がないなんてことは有り得ないだろう。
青いスクラブが視界に入ると目で追いかけているし、駆けていくフライトスーツを来た救命医と擦れ違えば振り返る。
「救命が恋しいなら戻れば?」
「何を言っている」
本気でわかっていないのだろうか。新海こそが首を捻りたい。
振り回されて面倒なだけのはずなのに、コンサル帰りの藍沢はわずかながらに口もとがゆるんでいることがある。この脳外では希少な症例に出会い新たな経験をしたときにしか見せないような、そんな満足気な顔をしているというのに。