長い付き合いの関係性


「お前……台車は?」

 見慣れた青のスクラブ姿が大荷物を抱え上げて歩いてくるところに出くわし、藍沢は思わず呆れたように声をかけた。ダンボール箱を二つ重ねて前方が見えていなさそうな彼女は明るい声を返す。

「藍沢先生? うっかりしてて。大丈夫かなと思ったんだけど、ちょっとそうでもなかったかも」

 顔なんて確認しなくてもそれが白石だと藍沢にはわかっていたし、彼女も声で認識したようだ。
 それはそれとして、いくら勝手知ったる病院内とはいえ周囲を視認できないような状態で歩くというのはいかがなものか。藍沢は息を吐きその荷物を奪い取り、勝手に引き受けることにする。腕全体で荷を支えていた白石とは違い、その大きな手で底を掴んだ藍沢の視界は良好だ。

「救命に運べばいいのか」
「うん、そこからは誰かの手を借りる。ありがと」

 物品供給室から持ち出したばかりと思われるその荷はそう重いわけではなく一箱ごとに大きいだけだったが、一人で片付けようとする彼女のその癖は今でもどうしようもないようだ。
 二人並んでエレベーターを待つ。藍沢が救命にいた頃はよくあった状況のひとつだ。

「こんな仕事、藤川にでもやらせろ」
「藤川先生は今日お休みだからねー。昨日の帰り、飲むぞーって言ってたからもしかしたらまだ寝てるかもね」

 こともなげに。言う白石は朗らかな笑顔。

「お前はちゃんと休んでるのか?」
「うん? そりゃあ休んでるよ。この仕事は体力勝負だもんね」

 いつも走り回っているのを見かけているような気がするのは藍沢の単なるイメージなのだろうか。いや、雑務くらいフェローに割り振ればいいものをこうして自分でやってしまうのだから、なんだかんだと自ら仕事を作っては動き回っていることに間違いはなさそうだ。

 開いたエレベーターにはちょうど無人で、乗り込むと、荷物を預け身軽になった白石が一階のボタンを押した。扉が閉まる。と、藍沢の胸ポケットのPHSが鳴り出した。
 脳外科医局からだろうか。確認すべく荷物を片腕で支えようとした藍沢に先んじて、白石がそれを取り出し藍沢の耳に当てる。

「はい、藍沢」
「新海だけど、お前今どこ?」
「西棟エレベーター」
「今日退院の浅野さん。その前に挨拶したいってさ」
「病室か?」
「いや、もう手続きもそろそろ終わる。一階来れるか?」
「ちょうど着く」

 タイミングを計ったかのように階数表示が一階を示し、扉が開く。そこには同僚の瞬く顔があり、藍沢もまた面食らう。思わず漏れたのだろう声にならない声が、PHSと正面の両方から耳に届いた。
 エレベーターだと伝えたためわざわざ迎えに現れたのか。新海が閉まらないよう片手で扉を押さえた。

「お疲れ様です、白石先生」
「お疲れ様です。すみません、藍沢先生お借りしちゃって」
「いえ、大丈夫ですよ」

 繋がったままのPHSを切った白石は、ご丁寧にも藍沢のポケットにそれをしまい、手を差し出してダンボール箱を返すよう促してくる。

「もうそこだからって気を抜くなよ。前方にも足元にも注意しろ」
「わかってる。変なとこ心配性だよね」
「お前こそ変なところで雑だからな」

 視界をふさいでしまうような荷物を再び抱えさせることに抵抗はあったが、白石はもう自分だけで運ぶつもりなのが見て取れた。藍沢がそこまで手伝うと言ったところで聞き入れないのだろう。
 そんな白石を置いて、藍沢は新海とともに正面玄関に向かって歩き出す。

「藍沢、白石先生と仲良いんだな」

 感心したような声音はどういう意味を含むのか。藍沢の口角がわずかに上がる。

「付き合いが長いだけだ」

 それがやけに機嫌よく響いたことに、本人は気づかないまま。