ラウンドから戻った藍沢は、ひと気のない医局でうたた寝をする同僚の姿を見つけた。フェローの手前普段ならば叩き起こすべきところながら、急患受け入れが二件あった当直明けなのを知っているため、しばらく放っておくかとカルテ整理をはじめる。
「……ん、」
寝息の合間に声が混じり、目を覚ましたかと視線を向けた。しかし自分の腕を枕がわりに机にもたれて眠る白石は、未だ覚醒の気配はない。
しかし興味をひかれて藍沢はそのそばに寄る。眠りながらその指がぴくりぴくりと動いているのが気になった、手術の夢でも見ているのだろうか。
「白石?」
机に片手をつき上から覗き込んでも、滑らかな黒髪に半ば隠れた瞼はしっかりと閉ざされている。
「……どんな寝方してるんだお前」
落ちる呟きにも反応はなく、小さな動きを続ける指先に誘われるように触れる。
細い、指だ。見続けてきたため、その手が細さに違わぬ繊細な働きをすることを知っている。
自分の骨ばった手とは異なる、まるで完全なる別物にしか思えない手。触れるそれはやわらかでしなやかで、そっと撫でていて飽きることはない。
ホットラインが鳴り響き、反射的に身を起こす。
いつの間にか眠ってしまっていたようで、白石は両手で頬を叩いて気合いを入れる。
「行くぞ白石」
「うん!」
思いがけず正面から声をかけられたことに一瞬驚くものの、白石は頷いて藍沢のあとに続いて駆ける。
――目を覚ました瞬間、自分の手から離れていく指先を見たような気がしながらも、それも訪れる慌ただしさに次第に紛れていった。