らしくなく結婚観なんてものを語ってしまった。ただ落ち込む同僚を励ましたかった。具体的な考えを抱いていたわけではなく、考え考えだった部分は否めない。それでもするりと言葉が出てきたのは……
「おはよう、藍沢先生」
昨夜も遅くまで働いていたのだろうに、スタッフステーションに顔を出した藍沢を迎える笑顔は明るい。
「おはよう。ちゃんと帰ったか」
「帰った帰った。そんな仕事魔みたいに言わないでよ」
白石はおかしそうに笑う。顔色はそう悪くなさそうだ。確認して安堵している自分に気づく。
この救命のスタッフリーダーは働き者だ。仕事魔というのは案外正しい。藍沢も他の同期も当然医療に熱意を傾けているが、白石のそれは責任感を大きく伴っていて危うい気配がある。
放っておけないと感じるようになったのはいつからか定かではないほどに、自然と気にかけて視界に入れることが当たり前になっていた。
お前はすぐに無理をするから。
疲れていても悩んでいても、悟らせまいと振る舞うこともわかっている。付き合いだけは長いのだ。離れていた七年を経ても、そんなところは変わらない。
「ん?」
大きな目で見返してくる白石に、なんでもないと首を振る。
「今日は橘先生と名取か」
「うん、……あの後だから引きずらないといいけど」
一度はヘリを降りようとした自分の経験から言っているのか、と考えるのは邪推だろうか。
ICUに向かうフライトスーツ姿が見えて、白石は歩き出す。名取も自分が診断ミスをした患者を気にはかけているようだった。
三十年以上を連れ添ったというあの夫婦の話を思い出す。それは両親を知らない藍沢にとって夫婦というものへの認識を改めさせある種の感嘆を覚えさせた。
昨夜藤川と話していてよぎったのはあの婦人の話だった。結婚というイベントのめでたさではなく、苦労をともに乗り越える力強さを感じる関係。両親は築くことのできなかったその関係。
そうして話しながら浮かんだ姿は仕事上のパートナーといえる存在で。何が幸せなのかもわからず、今の生活にさしたる不満もない状態ではありながら、ただ上を目指す自分のそばにその姿があったことを不意に意識する。
――お前の痛みを分かち合いたいなんて、傲慢か。
様々なことを自力で乗り越えてきたつもりだった。だがそこには確かに彼女がいて、おそらくこれからも、たとえ一人で生きていたとしても誰かの影響を受けていくのだろう。その誰かが彼女であればいいと、そんな思いは錯覚だろうか。