つよくてよわいきみを
「あらダーリン! いらっしゃーい」
いつの間にか行きつけになっていたスナックの扉をくぐった藍沢は、すでにできあがった白石の姿を見つけた。カウンターに半ば突っ伏しながらグラスを握っている。
「ほら恵、耕作が来たわよ」
メリージェーン洋子こと大山恒夫に声をかけられ、ゆっくりと持ち上がる頭。視点が定まっているかも怪しい眼差しが藍沢を捉えた。
「あいざわせんせー?」
「……飲み過ぎじゃないか?」
しばらくぶりにまともに見たその顔は赤みを帯びていて、へへーっと締まりなく笑う。放置もできないなと隣に座った藍沢は、恒夫に視線で問いかけた。グラスを差し出しながら恒夫もまた曖昧に笑って首を振る。
「なんかねぇ、藍沢ーとか緋山ーとかブツブツ言いながらどーんどんおかわりして飲んでんの」
いったい何杯飲んでいるのか。白石がそれほど酒に強いわけではないことを知っている藍沢は眉根を寄せる。
恒夫を見やると非難の色を感じたのか、両手を合わせてきた。注文されれば提供するのが仕事か、仕方ない。
「白石、なにがあった?」
問いかけるものの、まともな返事は期待できない。猫がまどろむような仕草で見上げてくる目はとろりと眠たげで。
しかしその瞳が、見る間に潤んでいく。
「……白石?」
「ひやまさんがいっちゃったよぉ」
「緋山?」
「きゅうめいからいなくなっちゃったぁ」
大きな目がきゅっと細まる。白石は再びうつ伏せて、くぐもった声がつぶやく。
藍沢が脳外科に移り、緋山もまた他所へ移っていったのだと。がんばる。がんばる。繰り返しつぶやく。
「白石……」
大丈夫かと、問うのは簡単なことだ。大丈夫かと、離れていった身で問うのは許されることだろうか。大丈夫かと、聞いたところで返事は決まっているのに。
伏せたまま、カウンターの上に乗せた両腕を自分を抱くように引き寄せる様子に、泣くのだろうかと、思う。
さみしいんだぁ……小さな声は、やはり震えていた。
「……がんばりすぎるなよ」
泣くなとも言えず、慰めることも叶わない。
しかし、身を起こした彼女は目を赤くしながらも涙を落とすことなく。
「つねお、みずー!」
「はいはい。もう、しっかりなさいよ」
水をぐいと飲み干した白石は、深々と息を吐き出した。
「だいじょーぶ。なかない。へーき」
うつむきながらの言葉は、誰に聞かせるものなのだろう。
「わたしにはふじかわくんもさえじまさんもいるもん。あいざわくんもひやまさんも、あたらしいとこでがんばるんだもんね。ふたりのほうがこころぼそいはずだもん」
たどたどしく紡がれる。閉じた瞼の裏にはなにが浮かんでいるのか。
藍沢はそっと息を吐く。
「お前は強いな」
弱くて強い、知っていたその凛々しさを改めて突きつけられる。
いっそ泣けばいい。すべて吐露してくれれば。戻ってきてくれと縋ってくれれば。……そう言われたとしてもどうすることもできないくせに、そんな馬鹿な考えがよぎる。
酔ってなお、弱ってなお、強く在ろうとする儚いその強さに――揺らぐ。自制心が、理性が、触れてみたいと、持て余す感情にこぶしを握り締めた。