痛むのは、どこ
「ねえ、大丈夫なの?」
出勤して間もなく、廊下で顔を合わせた途端緋山が眉をひそめる。
「大丈夫」
「あんた反射的に大丈夫って言うよね」
「そんなことないと思うけど……」
笑って返した白石だったが、当直明けの緋山は呆れたように首を振る。昨日ぶりに会っただけだというのに、そんなにも顔色が悪く見えているのか。
ファイルを抱えたまま不思議そうに瞬く白石を見る緋山は、困ったように苦笑するもののその目はやさしい。
「まあきついなら薬飲みなよね」
「ありがと」
普段の物言いはキツイことも多いが、緋山は周囲に目を配るタイプの人間であると改めて思う。身内には遠慮がないところがあるものの、それは仲間だと思ってくれているからだとも理解している。それがうれしい。
白石は颯爽と歩き去る背中を見送って笑った。
医局に戻ると橘が慌ただしく出て行くところで、横峯もまた「お手洗い行ってきまーす」とわざわざ報告してドアを出て行った。
さあ、と仕事に取り掛かろうと着席した白石のもとへ、藍沢が寄る。
「……どうした?」
鋭い眼差しで問われ一瞬息が止まる。緋山はともかく藍沢にまで気づかれるなんて。そんなに不調なつもりもなく、だから態度に出ているはずもないというのに。
「えっと、なんでもないよ?」
「お前はすぐそう言うからな」
「緋山先生にも反射的に大丈夫って言ってるでしょって言われた」
「その通りだな」
真顔で肯定がはやい。
自分では出来ないことは出来ない、無理なものは無理とちゃんと言っているつもりなのだが、仲間二人にそろってそんなふうに思われているなんて。苦笑がもれる。
「で?」
腕を組んで見下ろされると威圧感も高まる。
藍沢が何を指して聞いているのかはわかっている。とはいえ、言葉に出すのもためらわれた。
「……察して、っていうのはだめ、かな」
左手を半ば無意識に腹部に置いて、白石はちらりと上へ視線を送る。
理解に至ったのか、藍沢の目線が揺らぎ、外れた。
「…………そうか。悪い」
「ううん、気を使わせるようなことになってる私が悪いの。ごめん」
痛いわけじゃない。ただ違和感がある。年々違和感は増している。それだけの話。
「薬は?」
「いつも大したことないから、今回も平気だと思うの」
大丈夫だと思っていたら気づかれたわけなのだが。無言の藍沢が静かに息を吐く。
「つらかったら言えよ。って言いにくいだろうけど」
「ありがと。ごめんね?」
仮眠室に引っ込んで戻った藍沢の手にはタオルケット。折りたたまれたそれを膝掛けとして使えるよう手渡してくれる。
こんな話を異性になんて気まずいだけだと思っていた。なのに医師だからか思いがけず気遣いを向けられて、気恥しいけどうれしい。
――藍沢先生を人生のパートナーにしたひとはきっと、心地好い素敵な関係を築けるんだろうな。
ふとよぎった考えに、不思議と胸が痛くなった。