ささやかな秘密
「うっわ何これ」
緋山の眼前にはぬいぐるみの山。こどもに人気の妖怪やモンスターに、有名キャラクター、名前もわからない奇っ怪な動物など様々。
スタッフステーションの空いていた机上スペースにそれらを転がした名取は、相も変わらずスマホを片手に着席する。
「友達とゲーセン行ったんですけど、なんか妙に調子良くて。家に置いといても邪魔なんで、もし欲しいのあったら適当に持って帰ってください」
「へえ、マジで。あんたこんな才能あったのね」
猫のような目を丸くしてぬいぐるみに手を伸ばす。緋山をちらと一瞥した名取は興味なさげにくるりと座席を回す。
「学生時代よくやってたんで。ストレス解消とか暇つぶしとか」
「ふーん。何もらおっかな」
緋山が物色していると、ラウンドに出ていた横峯や看護師たちが集まってきた。
「えーっ、なんですかこれ! かわいいっ!」
「名取の知られざる特技だって。もらっていいらしいよ」
「うっそ、やるじゃん名取先生〜!」
「もらっていいって言うか、好きに処分してもらえれば」
投げやりな口調だが、聞いた彼女たちは嬉々としてぬいぐるみを手にしていく。
粗方片付いたところで横峯が振り向いた。
「白石先生はもらわなくてよかったんですか?」
横峯は心底うれしそうな顔をしてぬいぐるみを胸に抱く。その隣では雪村までにこやかにぬいぐるみを両手にしていて、救命に来たばかりの頃から考えると意外でもあったがその様子は似合って見えたし微笑ましくもある。
「私はいいよ。みんなでもらってあげて」
「そういや白石の部屋そういうのも見当たらないよね。シンプルっていうか、味気ない感じ」
「もう。泊めてあげてるのにそんなこと考えてたの?」
確かに緋山に提供しているリビングには実用性重視の家具や雑貨類ばかりになっているが、寝室にはぬいぐるみだってないわけではない。
緋山は片肘をつきつつ、もう一方の手でぬいぐるみにつけられたボールチェーンに指を引っ掛けぐるぐると振り回す。
「あんたってゲーセンとか行ったことなさそう」
「え、あるよそれくらい」
「ホントにぃ? 白石も藍沢もすっごいゲーセン似合わなさそうなんだけど。異物感半端なさそう」
突然話に巻き込まれた藍沢がカルテ片手に目線を向ける。
「私たちをなんだと思ってるのよ。ねえ、藍沢先生?」
「どうでもいい」
「私はどうでもよくない。クレーンゲームは確かにあんまりやった覚えはないけど、でもやってるのを隣で見てたりしたもの」
「へーえ。なにそれ男? 女?」
「友達」
「性別は? 白石がゲーセンデートとかめっちゃ意外」
「デートでもデートじゃなくてもそれこそ関係ないじゃない」
白石は機嫌を損ねたわけではないのだろうが、ふいと顔を背けICU見てくると出ていく。藍沢の視線がその背中を追い、フェローは顔を見合わせ、緋山は片肘をついたまま息を吐いた。
*
仕事を終えた白石を藍沢の声が呼び止める。帰り際の救命は落ち着いていたため互いにすでに私服姿で、白石は何気なく振り返る。
「どうしたの、藍沢先生?」
「まさかとは思うが、今からゲーセンに行くんじゃないかと思って」
白石の目を瞬かせ、藍沢はため息を落とした。
「……お前のことならある程度読める」
「私そんなにわかりやすい?」
「…………まあ、わかりにくくはないんじゃないか」
藍沢の反応に首を捻るが、長い付き合いなのだからきっと予測もつきやすいのだろうと納得する。
確かに白石はこれからゲームセンターを探しに行ってみようかと考えていた。日中、さも優等生だからというような言葉を向けられて反発したくなったのもあるし、学生時代を思い出して懐かしくなったのもある。
付き合うと主張する藍沢とともに、白石は何年ぶりかのゲームセンターを訪れた。電飾は明るいものの、時間帯のためかどこか薄暗くも感じる店内には、所狭しとゲームの筐体が並んでいる。
「わあ、こんな感じだったっけ。いろいろあるね、何してみようかなぁ」
かわいい女の子や逞しい男キャラのフィギュアや、枕かクッションかという大きなサイズの景品、記憶にあるものとは系統が異なるようにも思いつつ、二人は並んで周囲を見回しながらゆっくりと歩く。
「あんまり大きな景品は初心者にはむずかしいだろうな。好きなキャラクターとかはないのか?」
「そうね……。あ、これちょっとかわいい」
足を止めたのは動物のぬいぐるみが積まれた筐体。白石はやってみようと小銭を投入する。ボタンを一、二と押してアームを動かす。しかし、わずかにかするだけで爪はぬいぐるみに触れもせず。
「……やっぱりこういうのって慣れとかなのかな」
「それもあるだろうな」
一回目ながら思った以上に上手くいかない結果に、白石は不服そうな顔になる。二回三回と繰り返してみるも、揺らすことはできてもなかなか惜しいとまでもいかない。
「……むずかしい」
唸る白石に藍沢が交代を申し出た。
藍沢が操作するアームはスマートにぬいぐるみを持ち上げ……瞬間、落下する。
「……なるほど」
続け様に小銭を投入する藍沢の目は真剣だ。
「藍沢先生こういうの好きなの?」
「いや、初めてだ」
「そうなんだ。でも私より上手い、さすがね」
二人してケースのなかを覗き込む。ぬいぐるみの頭を掴み、足を引っ掛け、それでもゴールまでは届かない。
「うわあ、惜しいっ! あっちの子はどうかな? それとも、あ、あの子なら持ち上げるんじゃなくて引っ掛けてくるって回ったらそのまま落ちるんじゃない?」
負けず嫌いな二人には諦めるという選択肢はないのか、白石は持ち前の観察力で検討を重ねる。藍沢は淡々と、黙々と作業を続けるが、思うようにはいかず眉間に力が入っていく。
またもや惜しくも取り逃し、白石の口からは落胆のため息。
「クレーンゲームってむずかしいんだね。名取先生よくあんなに取れるなぁ。友達もよくやってたけど、なんであんなにスムーズだったんだろ」
若い頃の記憶に思い馳せる白石は、不意に藍沢の眉間に寄っていく皺に気づく。
「あ、ごめん黙るね」
ぬいぐるみを見つめる真剣な眼差しに白石は口を閉ざす宣言をした。
アームがするすると右に、そして前方に滑っていったかと思うと、ころりと、転がり落ちる。
「わ! やった!」
藍沢も深く息を吐くと、屈んでぬいぐるみを取り出す。ピンクのぬいぐるみ。手のひらで転がすとその手を白石へと伸ばす。反射的に出した白石の手のひらにそれは落とされた。
「やる」
「え、でも、」
「やってみたかっただけだからな」
藍沢は満足したように口もとをゆるめている。
「お前はいいのか?」
「うん、私もちょっとやってみたかっただけだから」
それにこうしてお土産までできた。ぬいぐるみをうれしそうに掲げる白石を見つめ、藍沢は目を逸らす。
「そういえば、何がごめんだったんだ?」
「だってうるさいって思ったでしょ。わかるよそれくらい」
白石が楽しげに笑う。今更藍沢先生のこと怖いとは思わないけど、と。藍沢が白石の考えをある程度読めるように、白石もまた藍沢の表情をある程度読み取れる。長い付き合いなのだから。
藍沢が不機嫌になった理由が、自分の存在しない白石の過去にあることなど思いもせずに。
*
「あれ、あんた名取に何ももらってなかったよね?」
緋山が白石の背後を通りざま、その医局のデスクを見ながら疑問を口にする。そこにはこれまで存在していなかったはずの、ピンクのうさぎ。
「えっ、うん」
白石の視界の先で、藍沢が一瞥を向けてくる。視線が一瞬絡んで外れる。
「昨日名取先生の話を聞いてね、やってみたくなっちゃって! 最初全然取れる気配なかったんだけど何回かやってたら偶然かもしれないけど意外と取れたの!」
白々しくなってしまっただろうかと小首を傾げて白石が見上げると、緋山は信じたのかどうか、ふーんと軽く受け流しラウンドへと出ていく。
藍沢は藤川に肩を抱かれ何やら語られるのを煩わしそうにあしらっていて、白石の視線には気づかない。
白石の指がうさぎをつつく。藍沢とまさかゲームセンターでの思い出ができるとは思わなかった。
――これは二人の秘密、かな?
その顔がほころぶのを見咎める者はいなかった。