脳外からエレベーターに乗り込んだ藍沢は白石と遭遇した。お疲れ、と言って笑う彼女は自分こそが疲れを浮かべているようだった。人一倍フェローの指導に急患にと追われ神経をすり減らしているのが見て取れる。
「そういえばね、」
他に居合わせた人間がいなかったため世間話のつもりなのだろう、白石はひとつ吐息を落として話し出す。
「緋山先生と冴島さんに、あんたはひとの気持ちを読み取れないタイプだよね昔からって言われたの。どう思う?」
「どう、とは?」
「藍沢先生もそう思う? 私がその……鈍い、みたいな?」
軽い話題のように話し出しておきながら、その実少しばかり気にしているのだろう、わずかに怯えたような色を乗せた上目遣いでこちらに視線を向ける。
不本意さを装っているのがわかる。いや、本心でもあるのだろう。どこか拗ねたようにも見える顔をして、そこに不安をも覗かせて。
「……俺に聞くのか」
様々な感情がないまぜになって漏れ出た。
「あ、藍沢先生がそういうの得意じゃないっていうか興味ないかなっていうのはわかってるんだけど」
確かに、藤川と冴島がそういう関係だということに一人気づいておらず、鈍感だと思われたあの日からまだそれほど経ってはいない。しかし藍沢からしてみれば言いたいのはそれだけではないのだが。
困ったように浮かべられた微笑を見つめる。
確かに、と思う。自分も他人のことを言えた立場ではないのだろうが、彼女も鈍感な部類に入るのではないかと。
「……お前の仕事中の気遣い気配りには感心している。その点では鈍いとか鈍くないとかは問題のない範囲内じゃないのか」
ただ、と藍沢は続ける。
こうして二人になるのがほぼ確実に病院内だからまだいいものの、そんなふうに視線を向けられてどう感じているかなど、彼女はちっとも気づいていない。これが完全なプライベートのときだったならどうだろうか。いや、それよりもこれをほかの男にされたとしたら、自分はどうなってしまうのだろう。
「私的な場面では、もしかしたらもうちょっといろんなものを察知できたほうがいいのかもしれない、と、思わないこともない」
「え、それどういう意味?」
わかっていない。わかってくれない。
白石にはストレートな表現で伝えなければ理解してはもらえないのだろうと、これまでにも何度思っただろう。それでもそうしないのは、この関係の変化を恐れているからか、自分でも掴みきれていないからか、それとも単なる怠惰か。
「……勉強はできるくせに言葉の意味を捉えたり、自分の一挙手一投足が誰にどんな影響を与えているかの理解なんてものが苦手みたいだな」
白石の頭上にクエスチョンマークが浮かんで見えるようだ。
「総じて面白いやつだと思っている」
そんな様子さえも好もしく思ってしまう自分もよっぽどだ。
エレベーターの扉が開き、二人はともに降り立つ。小首を傾げる白石を背後に、藍沢の口もとは微苦笑にゆるんだ。