日勤を終えても転がり込んできた手術に駆り出された藍沢は、記録も含めそれらが片付き一息ついたところで私用のスマホが何かを受信していることに気づいた。
白石恵
藍沢先生、迎えにきて*
メッセージアプリが受信したそれに、藍沢は微かに顔をしかめる。目敏い新海が出払っていてよかったかもしれない。誰にもその表情には気づかれないまま、藍沢は退勤の準備に入った。
「お疲れ、藍沢ぁ。久々ー!」
あれだけの情報でよくわかったなと自分でも思えども、藍沢は馴染みの店内でその姿を見つけた。予想通り、その人物はカウンター席から明るく手を振って出迎えてきた。
「ああ。ひさしぶりだな、緋山」
「よくここってわかったわね。場所言ってないっしょ?」
「場所指定がないのはここだからだろ」
あったりぃ!とグラスを掲げる緋山を無視して視線を流す。店内に踏み入っていけば、探した姿はボックス席で酔いつぶれているようだった。ソファにぐったりと横になっている。
「ダーリン、いつものでいーい?」
「ああ」
恒夫がグラスを用意する間に、藍沢は迷いながらもボックス席の奥に腰を下ろす。この状況を考えれば緋山に絡まれるのは確定だろう。
運ばれたグラスに口をつけた藍沢のもとへ、緋山は回り込んだ。意図せず藍沢は、白石、緋山に挟まれた形になる。
「ねーえ? あんたたちが飲み友になってるなんて知らなかったんだけどー?」
ずい、と前のめりで問いただす緋山はすでにどれほどアルコールを摂取しているのか、顔を近づけられると若干酒くさい。藍沢は眉根を寄せ身を引くが、緋山は気にする素振りなく座っている位置を詰めてきた。
「あんたが脳外に行って? あたしも周産期行って? 寂しがってるかなーなんて勝手に心配してあげてたまに飲んでたけどさぁ。そりゃあ救命やコンサルでの藤川や冴島やあんたの名前も聞いてたけどねえ?」
「そうか」
「あんたは? 白石とは? あたしの知らないとこでなんかあった? ほらほらぁ、言ってみ?」
「たまにここで出くわしてた」
「偶然ってわけ? 言い訳にもなってないんだけどぉ?」
言い訳であることに気づかれている時点ですでに逃げ道はなくなっている気がしたが、藍沢は口にできる答えを他に持ち合わせていない。
緋山はグラスをゆらり回しながら、ひとくちふたくちと飲み下す。
「あんたたちってさー、どんな話してんの?」
「大した話はしていない」
「えーっ、つまんないんだけど! 仕事の話とかそういうこと?」
「そうだな」
藍沢もまたグラスからアルコールを体内に流し込む。
そんな姿を横目に、緋山は叩くようにテーブルにグラスを下ろした。白石のメッセージアプリ画面で藍沢の名前を見つけて面白そうだと思ったのに、などとぼやきながら。
そうだ、緋山は白石のスマホからメッセージを送ってきたのだ。それならば、食事会に出かけた白石を時折迎えに行く際のやり取りなんかも見られているはずだ。今更そんなことに気づいて、僅かに動揺してしまう。
じっと、猫のような目で見られて落ち着かない。藍沢はグラスを呷るとカウンターに向けて揺らしておかわりを求める。恒夫が「はーい」といそいそ次を用意し始めたのを見るともなしに見ていると、その音にか、白石が身じろぎしてぼんやりしたまま、よろけるような動作で身体を起こした。
「あれ……あいざわせんせ?」
意識のはっきりしていないだろう様子でソファに座り直す。頭はくったりと背もたれに預けられている。
「ひやませんせは……」
半ばくっついた瞼を押し上げながらの白石に、その向かいから緋山が手を振ってみせた。
「いたー。ふふ」
うれしそうにやわらかに笑う白石は、やはりというか酔いの度合いは深そうだ。これまでにもなかなか遭遇したことのないような酔い具合いに見えた。
藍沢は思わず目を眇めて苦言を呈する。
「飲みすぎじゃないか? 明日に響くぞ」
「いーのっ。ひやませんせもあいざわせんせも許してくれるからすきー」
顔をしかめる藍沢にはお構いなしに、一人ご機嫌な白石。緋山がおかしそうに笑うのがまた藍沢の気に触る。
唐突な同期の集まりに振り回されて、夜はゆっくりと更けていく。