今日は翔北病院で納涼祭が行われている。玄関先ではスーパーボールすくいやアイスにドリンクといった縁日のようなにぎわいを見せ、スタッフステーション付近など院内でもかき氷を配っている。
外からは普段とは違うざわざわとした雰囲気に包まれた空気を感じるが、とはいえ、なかなか仕事を離れられない白石は、かき氷だけでもと真っ赤に染まったそれを手に医局に戻ってきた。
「あ、いいな。あたしも食べよ」
居合わせた緋山もちょうど手があき、黄色いかき氷を取ってきては二人並んで舌鼓を打つ。
「こういうお祭り気分っていいよねー。ほんとはさ? 浴衣きて花火大会とか行きたいとこではあるんだけど、そうも言ってらんないもんねぇ」
「そうだよね。最後に浴衣きたのなんて、もう何年前なんだろ」
白石が記憶をさかのぼるように遠い目をした。学生時代から真面目だったのだろう彼女にも、何かしらの思い出はあるのだろう。
自分はどうだったか。緋山も思いはせる。年頃になると友達が「カレシと行くからー」なんて誘いを蹴ってきたことが不意に思い出され、舌打ちしたい気分になった。
「あーあ。彼氏とお祭りとか行きたーい」
「まず相手探して」
「それはお互い様ね」
「まあね」
好きなひととお祭りデート。甘美な響きだ。
かき氷を選んでいる最中にも、患者が恋人ともしくは家族と、楽しそうに並んで歩いている姿を見た。お祭り効果か普段より随分と多く。
仕事人間な白石も思うところはあるのか、小さなため息が落ちていた。
「あーっ、いいもん食べてんな、二人とも」
「やんないよ」
「お前の食べかけなんていらねーよ」
ドアから入ってきて早々に騒がしくする藤川のその手には、スーパーボールの入った透明な袋が揺れている。
「あんた遊んでたわけ? 暇ね」
「ちげーよ! これは患者さんにもらったの! いやぁ、参っちゃうね〜!」
これだから人気者は、なんて言ってにやりと笑う。緋山は呆れたように一瞥だけをくれてやった。
白石に言わせればいいひとそうな雰囲気からか、こどもからお年寄りまでが親しそうに話しかけているのを見るということだったが、それは人気者と表現していいものだろうかと緋山には疑問だ。
「でもさ、こんなににぎやかだと血が騒ぐっていうかさ、駆け出したくなんねぇ?」
「なんない。ステイ」
「俺は犬かよ! 犬だったとしてもお前にだけは飼われたくねーよ!」
「あたしだって飼いたくないわ、こんな駄犬」
「ちょっとちょっと、毒舌増し増しだなおい」
自分の席ではなくソファにどかりと陣取る藤川は無視して、と。緋山は黄色い氷の山を崩していく。
アイスもいいけど夏場にはやっぱりかき氷よねと、白石と頷きあう。発泡スチロールの容器もこのチープな感じがまた味があっていい。白石のイチゴ味も定番だけど美味しそうだ。
「あっ白石先生、橘先生が探しておられました」
灰谷がドアから顔を覗かせ、重い前髪の下で伝える。
あらら、かき氷がまだ半分くらい残ってるのに。
白石は反射的に立ち上がったものの、灰谷とかき氷の間に視線を行き来させる。直接連絡がないのだからそこまで急ぎということもないだろうし、食べ切ってしまってから向かってもよさそうなものだが、彼女のことだからそんなことはできないのだろう。
「あっ、藍沢先生!」
他人事だからと緋山が観察していると、灰谷に続いて入ってきた藍沢に白石が駆け寄る。
「もしよかったらかき氷食べちゃって!」
ごめんねと言いながら入れ替わりに出ていく白石を、藍沢は呆気にとられたように見送った。そんな顔もできるんだーと眺めながら、毎度藍沢の新たな挙動を引き出す白石に感心する。
藍沢は白石の机に置き去りにされたあわれなかき氷に目を落とした。
「なあ、俺も緋山もいるのになんで藍沢名指しなんだ?」
「さあね。無意識でしょ」
悩んだ視線の先に姿があったから。問えば返ってくるのはそんなところか。
無言でかき氷を見下ろす藍沢は、さてどう出るか。深いため息を吐き出して、白石の席に座った。諦めたように口の中へ放り込んでいく。
白石の無自覚そうなところは厄介だし、藍沢も無関心を装ってはいるようだが。……あんた、そわそわしてんの完全に垣間見えてるけど?
あの物言わぬ間はかき氷で間接キスだなんて戸惑ってのものなのだとしたら、中学生かとつっこんでやりたい。いやいや今どきのこどもはもっと進んでいるはずだ。ああなんだか本気で張り倒してもいいような気がしてきた。
何も理解していなさそうな藤川をあしらって、緋山は自分のかき氷をザクザク掻き回すと腹の中へと流し込んだ。