安眠作用をもたらすもの


「藍沢先生、起きた?」

 ソファで目を覚ました藍沢の前に、白石の微笑みがあった。ゆっくり瞬く藍沢に、白石は医学書を手にしたまま続ける。

「隣行っておいでよ」

 当直中、脳外の患者が急変したということで手伝いに駆り出され、戻ってきてついぐったりとソファに座り込んでしまったのだと思い出す。
 白石が指し示すのは医局に隣接する仮眠室で、白石がここにいるのなら今夜は誰も寝ていないはずだった。

「珍しいね、藍沢先生がこんなところで一休みじゃなく寝ちゃってるなんて。私が来たことにも気づかなかったんじゃない?」

 小首を傾げる白石を見つめ、藍沢は端的に否定する。
 彼女が医局に戻ってきたことは覚えている。ドアが開く音がして、うっすら開けた視界にその姿を確認した記憶がある。隣に腰掛けた白石の、妙に楽しげな気配を感じながら、いつの間にか意識を手放していた。
 身を起こしソファに座り直す藍沢に白石は微笑む。

「おはよ」
「……ああ」
「寝るならちゃんと横になったほうがいいよ。疲れとれないよ?」

 忠告はその通りのはずなのだが、熟睡したように意識が明瞭になっているのを感じる。ソファに座って微睡んでいた、中途半端な眠りだったというのに。

「……すごいな」
「どしたの?」

 つぶやきを聞き取ったのか聞き取れなかったのか、不思議そうな顔をして白石は問うけれど。
 藍沢はただなんでもないと、口にする。

「お前こそ寝てくればいい」

 間近で見る顔はクマが見え隠れしていた。指摘すれば慌てた仕草で両手が覆う。

「もう、こんなとこで寝てたくせに、なんで藍沢先生スッキリした顔してるの? 体力あるから?」
「……安定剤があったからな」
「え、なに、藍沢先生薬飲んでるの?」

 途端に心配顔になるものだから、彼女の表情筋は忙しそうだ。

「そんなんじゃない。単に安眠効果絶大なものを発見しただけだ」

 困惑する白石を置いて、藍沢は立ち上がる。不思議そうな視線が追いかけてくるのも、悪くない気分で。ふ、と息を吐くと自分のデスクで仕事に取り掛かることにした。