価値など見い出せないままに
「私はここに来ちゃいけなかった……!」
白石の叫びは雨に叩きつけられ地面に落ちる。崩れ落ちた彼女の身体とともに。ためらいがちに肩に置いた手からは震えが伝わり、藍沢の胸にも爪を立てる。
黒田の負傷は確かに白石が原因を作った、それでもその腕を切り落としたのは藍沢だ。
もしも安全確認をしていれば、黒田が庇わなければ、その場にいたのがシニアドクターならば。
そんな仮定を考えたところで時間を巻き戻すことなどできはしないというのに、頭のなかを巡るのはそんな『もしも』ばかり。
雨に降られたところで頭は冷えず、痛みは広がりをみせる。白石の嗚咽が響くなか、藍沢は掴んだ肩を引く。力ない細い身体は簡単に揺らぎ、
「……ッ」
噛み付くように口付けて、その唇を塞いだ。嗚咽も叫びもすべて、飲み込んでしまうように。
感情も思考もどこかに置き忘れたような白石を連れた藍沢が医局に戻ると、田所がタオルを用意して待ってくれていた。
同期たちはみな黒田の言葉を受けた衝撃からまだ立ち直っていない様子で、沈んだ面持ちで遅々として進まない作業を続けている。
「さあさあ二人とも、まずは着替えてきてください。医者が風邪を引いては困りますからね」
白石と藍沢にタオルをかぶせた田所は穏やかな眼差しで、落ち着く時間を与えようと言う。その気遣いをありがたく受け、藍沢は白石を促す。すでに面会時間も過ぎた静かな院内を、並んでロッカー室へと向かう。
「ちゃんと拭いて着替えろよ。ただでさえお前は本調子じゃないんだから」
自分の髪から水分を拭いながらの藍沢の言葉に、返る声はない。顔をしかめた藍沢は足を止める。
白石の顔は飛び出していった瞬間から、ずっと青白い。まるで能面のようで、いつものやわらかな表情など見る影もない。
「白石、ちゃんと拭け」
仕方なく藍沢は、頭からかぶせられたタオルで白石の顔を、髪を、首筋を拭く。それでも反応は鈍く、頼りない。
「白石」
名前を呼んでも、頭を抱き寄せても。
「早く着替えに行け。じゃないと俺も感情がぐちゃぐちゃで何するかわかんないぞ」
濡れた髪が腕に絡みつく。しなやかな黒髪。ぴくりと動いた身体を離そうとした藍沢の背中に腕が回る。
「……いいよ……めちゃくちゃにして」
小さな声に涙がにじむ。驚くほどに強い力で掴まれて、藍沢は華奢な背中を掻き抱いた。
仮眠室は当直の誰かがいるかいずれ来るだろう、空いている病室に入り込む。患者のいない部屋は空気が滞り、暗さもあってか冷え冷えとしていた。
ベッドはあっても使えば知られる。水気を含んだタオルと藍沢が脱いだスクラブを投げるように床に敷き、白石をそっと横たえる。その丁寧な動きとは裏腹に、口付けは荒く、呼吸など置き去りにするほどに。
貪るような唇は繰り返す深い口付けに熱くなった息を吐いては、首筋、鎖骨、胸もとと全身に移っていき、両手はなだらかな曲線を描く肢体をなぞる。白石の手は藍沢の髪に絡んで掻き乱す。
上体を起こした藍沢は、声を漏らさないようにとめくれあがったスクラブを泣きながら噛み締めた白石を見下ろす。合意のうえだというのにこれはまるで……と思えども、ここまできて止まるはずもない。
熱くなる身体とは逆に精神は擦り切れそうな痛みを訴えながら無我夢中で触れ合う。用意などもちろんあるはずもない。医師である二人はそのリスクを知っていて冒すはずもなく、白い両足を抱えては彼女の敏感な箇所に当たるようそれを挟んで擦り上げる。ただひたすらに頂きを目指して――。
押し殺した息遣いに満たされた室内で、二人は互いに縋り付く。そうしなければどちらかが、どちらもが、壊れてしまいそうだった。