静かな夜だった。おそらく各階では急変だったりなんだかんだと事態は動いているのだろうが、今この場においては、不思議なくらいに平穏な夜だった。
「酷い顔してるぞ」
前夜も帰宅できなかった白石は、なんとはなしにふらりと夜間の院内を歩き、待合の自販機の前で足を止めていたところ、黒いスクラブ姿の藍沢と遭遇した。
「そっちだって涼しい顔してるけど、実は疲れてるでしょ」
何を飲もうかとさまよっていた指は、気がつけば缶コーヒーのボタンを押していた。二本を買って、片方を相手へと軽く放り投げる。
白石はひと気のない待合のベンチに腰を下ろし、少し離れた位置に藍沢もまた腰を下ろしてコーヒーのプルタブを開けた。
静かな夜だった。とても。
当直か。
そっちも?
まあな。
無理して経験値稼ごうとかしてない?
もうそんな若い頃みたいなことはしない。
そう? ならいいけど。
戻らなくていいのか。
そっちこそ。
懐かしい顔もあったしな。ここで休憩してもいいかと思って。
懐かしいって。たまに見かけるんだからそこまでじゃないでしょ?
そうだな。
静かだね。
夜だからな。
そうだけど。
一息つけるときにちゃんと休めよ。
そっちもね。
こっちはそっちほどせわしなくはない。
そうかもだけど。
静かな夜だった。自販機の音が響いて感じるくらいにはとても静かで。日常から切り離されたかのように感じるほどに。
それでもこの夜が明ければ、また戦場だ。息つく暇もないような一日がまたはじまる。
「……息抜きなら付き合う」
缶をゴミ箱に押し入れながらの言葉に、白石はありがとうと微笑んだ。