気づかないひと


 備品置き場を訪れると、そこには棚の上からダンボール箱を取ろうとしている白石の姿があって、藍沢は無意識に顔をしかめた。
 白石は背が高い。藍沢とだって五センチ程度しか変わらない。そんな彼女からしても最上段は少しばかり高いようで、背伸びをして手を伸ばす。その指が箱を左右から支えて、手前に引き出した。その瞬間、箱が指を手をすり抜ける。

「わっ」

 焦った声。反射的に白石は首を縮めて衝撃に備える体勢をとった。しかし間一髪、藍沢の手が箱を押し戻す。

「……あれ?」

 白石の身体から緊張が薄らぐ。顔を上げて頭上を見遣った。途端、背後を覆うように立つ存在に気づいたのだろう、また背中に緊張感が走る。

「白石」

 名を呼ぶ声にそれが藍沢だと知るや、白石の緊張はとけ、安堵したように吐き出された息の音が静かな室内に広がった。

 他の人間相手より心を許してくれているのだと思えばうれしくもなりながら、この至近距離で安心されるのもどうしてか複雑な心地がして、ため息を吐きたいのは藍沢のほうだ。
 いっそもう少し詰めてやろうか。瞬時に頭のなかをよぎるが、そんなことできようはずもない。

「そういうのは藤川にでもやらせろって言っただろう」

 離れながら、小言めいた台詞が口を突く。
 以前も白石が一人で多くの荷物を抱えて歩いている姿と遭遇した。その際に男手を使えと言ったように思うのだが。また自分で細々と動いているのか。

「突然足りてないことに気づいちゃったから。自分で動いたほうが早いでしょ?」

 振り返って小首を傾げる様は、効率を考えれば思い立った自分自身が動くのが当たり前だと告げているのが伝わってくる。

「……俺だっている。たまたまとはいえここに来る用もあったんだ、使え。言ってくれれば動く」
「じゃああのダンボール箱お願いできる?」

 それはわかっているが、……やはり彼女はわかっていない。

「なんでもかんでも一人でやろうとするなと言ってる」
「ありがと。充分頼りにさせてもらってるよ?」
「足りないから言ってる」

 箱を手元に下ろして向かい合う。静かに見据えればへらりとした笑顔。

「藤川やフェローに遠慮なんか必要ない」

 もちろん俺にも。だからこき使え。そう何度も言っているというのに。学習能力は高いくせにどれだけやり取りを繰り返させるのか。
 白石は困り顔で首を傾げる。

「あ、でも藤川先生だとこれ届かな……」
「お前、それ本人には言ってやるなよ」
「う、うん」

 そういう話ではないというのに、何を言い出すのか。人間は身長じゃないよね、器は大きいと思うのよ身長より、なんて一人ぶつぶつ呟いているのは誰への弁解なのか。

 ほんとうに彼女はわかってくれない。心配も気遣いも、その意味も。