青い空と無防備なひと

 買い出しに出た先で、見覚えのある後頭部を見つけた。スーパーから出たところに時々出ている露店だ。背を向ける形でベンチに座っていたが、これはおそらく。
 近づいてみると、やはり。同期同僚の白石恵がたこ焼きをうれしそうに頬張っていた。はふはふと食べる様は、どこにでもありそうなそれを魅力的に感じさせる。

「美味そうに食うな、お前」

 思ったことがそのまま漏れ出た。驚いた様子で見上げてきた顔が、こちらを捉えてふわりと笑う。

「藍沢先生」

 偶然だねと、何が楽しいのか笑みが深まって落ち着かない気分にさせる。
 聞けば普段買えていないような日用品をと思って出てきたと言う。藍沢自身も似たようなものだ。それにしても、と彼女の足もととベンチに置かれた買い物袋に目がいく。
 大量すぎる気がしてならない。一人で持ち運べるのかと疑問が浮かぶ。あの細腕で。どう見ても考えなしに買い込んだのだろうと思えた。

「この暑い中でたこ焼きか」
「美味しいよー。藍沢先生も買えばいいのに」
「いや、いい」
「えーっ、このソースと生地とタコのバランス! 美味しいのに」

 何故か力を込めてアピールされるが、たこ焼きは嫌いではないものの昼を食べてそう経っていない。何よりこの暑さの中でとなると、そう食指を動かされるものでもない。
 じゃあ、とばかりに白石が爪楊枝を刺したひとつを差し出す。食べるかと問われれば別に否やはない。誘われるようにそれを口にする。

「……美味いな」

 口中に広がるソースの風味。ひさしぶりに食べるたこ焼きは悪くない味がした。
 ところが、目の前で白石の目が泳ぎはじめた。

「白石?」

 挙動不審。一言で表現するならまさにそれ。
 突然黙り込んで、たこ焼きのパックを渡してくる。暑さにやられたのだろうか。落ち着かなさげに視線をさまよわせている。
 藍沢はベンチに腰を下ろしてたこ焼きを片付ける。隣ではペットボトルに口をつける白石がいて、水分補給をしているなら大丈夫かと結論付ける。
 一息ついたところで本題だ。

「その荷物買い込みすぎじゃないか?」

 いくらなんでも。久々の買い物でつい張り切った、なんて問題ではない気がする。

「車だろ。そこまで運ぶの手伝う」
「えっ、いいよ! 藍沢先生だって荷物あるんだし!」
「自分の荷物量見て言ってるのか?」

 ため息を落とせば、曖昧な笑顔が返る。

「……なんとか持てると思うの」
「変なところで無理をするな。腕でも傷めたら仕事に差し支えるぞ」

 偶然出くわしたとはいえ、ちょうど荷物持ちになりそうな男手があるというのに。白石はこんなところでまで自力でなんとかしようというのか。藍沢にしてみればもどかしい、彼女の悪い癖だ。
 いつもいつも、他人を頼ろうとはせず解決を目指す。それは白石の美徳でもあるが、そばにいる人間としては気が気でない。

「ほら」

 自分の荷物を持つのとは別の手を差し出した藍沢に、白石は申し訳なさそうな上目遣いで一袋を渡してくる。じっと見つめても、それ以上は渡す気がないらしい。内心で再びため息を吐きながらも、諦めて駐車場を歩き彼女の自動車へと向かった。
 交わすのは他愛のない、いつも通りの会話。現状の熱気から、天気や熱中症についてなど、とりとめもなく話す。

 不意に、白石の羽織っているカーディガンがするりと左肩から滑り落ちる。カーディガンの下はタンクトップだったようで、色白の彼女の、さらに日に焼けていない二の腕がさらされる。思わず目がいくが、本人は気づいていない様子で大荷物を両手に提げて歩き続ける。

「……白石。肩。落ちてる」
「えっ、あっほんとだ」
「そっちも持つから直せ」
「あ、ごめん」

 指摘すれば白石はなんでもないように笑うから。
 ……これはどうしたものかと思考を巡らせる。そんな無防備な部分を惜しげも無く出すな、なんて言えばどうなるだろうか。

 藍沢の苛立ちを察したのか手早く羽織り直した白石は、さあ返してねと言わんばかりの顔をして手を出してきた。返すわけがない。
 カーディガンを羽織り直させるのと荷物を奪うのと、一石二鳥のタイミングだと思って預かったのだ。もう長い付き合いで性格も理解している。白石のことだからすぐに返せと言うだろうとわかっていて、あえて彼女から遠いほうの手に持って遠ざけていた。

 再び歩き出すが、ひとつになった袋を提げた彼女は不本意そうな様子で、藍沢の口元がゆるむ。しかし、視界に自動車が入り込んできた。白石は気づかずただまっすぐ歩いている。

 咄嗟に、腕を引いた。

 荷物の重みと不意打ちの動きにか、細い身体は倒れるように藍沢の身体に引き寄せられる。

「馬鹿、救命のお前が搬送されるつもりか」

 こんな場所でそう速度を出す馬鹿はいないと頭で理解しながらも、焦りから声が低くなる。もしも、だなんて仮定を考えたくもない。それでも可能性がよぎっては藍沢の肝を冷やす。

「帰ったらすぐに休めよ」
「藍沢先生、あの、いろいろありがと」

 礼を言われたいわけではなく、自分を守ることをまずは考えてはくれないものだろうか。
 仕事中は危機感を持って行動しているはずだからここまで間の抜けた姿は見ないが、自分のことはどこか後回しなのは彼女の通常営業だ。いつもいつも、これだから目が離せないと思ってしまう。
 自動車に荷物を乗せて運転席におさまった白石に苦言を呈してしまうのは仕方が無いことだろう。

「……大丈夫か? 事故するなよ」
「大丈夫だよ。一人じゃなかったからちょっと気が抜けてただけ」
「荷物。部屋まで無理せずに往復して運べよ」

 自分といて気が抜けるというのも藍沢にしてみれば意味がわからないが、さすがに家までついて行くわけにもいかない。そこがもどかしかったりするのだが。

「わかった。身体傷めないように気をつけるから。もしも何かあったら明日手当てしてね」
「……何かあったらすぐに呼べ。行くから」

 言えば、白石はふわりと笑って発進していった。
 見送りながら、昔からいつだって呼んでくれるのを待っていたような気がした。それでも気丈な彼女は泣き言などなかなか漏らしはしないし、様々な表現が下手な自分は伝えるすべを知らない。

 いろんなことがもどかしく思えて、ため息も重くなる。

 掴んだ腕はやっぱり細くて頼りなかったのだ。あんな細腕で、華奢な身体で、多くの命を背負って走り回って。いつ倒れるかも知れない。そう、あんなに細くやわらかで白い……

「……何やってんだ俺は」

 誰も見ていないというのに、何故だか無性にいたたまれなくなって、一人、片手で顔を覆った。