真坂謙也は優秀だった。生い立ちや知識については白石と似た部分が垣間見え、冷静で落ち着いた対応は藍沢を彷彿とさせる。そのうえ愛想がよく、しかし藤川ほど無駄に騒がしいこともなければ、緋山ほどあからさまなプライドを見せることもない。この歳にして如才がなさすぎて、これから先、壁にぶつかったらと逆に不安がよぎるほど。
葛西優菜も悪くはない。高校時代までは陸上部に所属していたということで、体育会系な部分も指揮系統がはっきりしているうえ個性があってなかなか好ましい。知識や経験は真坂には劣るが、協調性も積極性もあり努力家のようだ。伸びしろは大きいと見える。
それが、田所から部長を引き継いだ橘のフェロードクターに対する所見だった。
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「フェロー! どっちでもいい、FASTとAライン!」
初療室のなか、藤川の指示に二人が従う。真坂がサッと動けば、葛西は彼の動作を察知して素早く空いている作業を行う。どちらも意欲を持って取り組むも、気持ちが高じて足を引っ張り合うようなこともなければ処置がぶつかるわけでもなく、バランスが取れていると見える。
見守る橘が腕を組みにやりと笑む。治療にあたる三井もまた目を見張るようなスムーズな流れで進んでいく。
「縫合いける?」
「もちろんです。任せてください」
「じゃあ後はお願い」
三井が抜ける。シニアドクターたちが囲むなか、二人は手を止めることなく縫合を仕上げ、閉腹。鮮やかな手並みといえた。
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日勤を終えた白石が院内の売店にでも寄って帰ろうかと淡いラインの入ったシャツにパンツとラフな私服で歩いていると、駆け抜ける黒いスクラブ姿と行き違う。ほとんど反射的にその背を追った。
「救命!?」
「ああ。当直は?」
「緋山先生とフェロー!」
「なら大丈夫だろう。橘先生もいる、お前は帰れ」
「状況確認してからね!」
帰るところだったことなんて一目瞭然で、それでも頑なに首を縦に振らない白石を一瞥する目は呆れを含んで見えた。症例数を稼ぎたいとフェローの頃居残ってばかりいた相手に言われたくはない。
初療室にはちょうど白車で運ばれてきた患者がストレッチャーで滑り込むところで、橘の指示のもと緋山、真坂が処置、冴島がそれをフォローする。藍沢も慣れた動作で頭部を確認して治療にあたった。確かに白石に出る幕はなく、それでも帰りそびれて最後まで見守ることになった。
「あんたまだいたのー?」
眉を上げながら言う緋山は、記録などの処理もあるため冴島たちとともにICUに運ばれる患者について行く。
残された真坂は悲しげに白石を見つめた。
「俺そんなに頼りないですか」
「ううん、そういうことじゃないの」
言われてハッとする。真坂の対処は、もちろんシニアに比べれば多少見劣るものの、文句のつけようもない。スタッフリーダーを任されているというのに、フェローを不安にさせるなんて。
「心配性だからなあ、白石は。運び込まれた患者が大丈夫なことを見届けないと気が済まなかったんだろう。面倒見がよすぎるとそのうち病院で暮らすことになるんじゃないか?」
橘の冗談めかしたフォローに真坂が笑った。
こんな風に。橘のように、森本のように、または藤川のように、場を和ませる物言いができればと、そうしたいと思うのに、白石にはそれがむずかしくて。一緒に笑いながらもため息がまじる。
「白石」
藍沢の呼びかけに、いつの間にか微かに落ちていた白石の視線が持ち上がり、目が合う。
橘は白石と藍沢の肩を叩き「お疲れー」と歩き去り、真坂もまた二人に頭を下げてその後に続いた。
「顔色、悪くはないがよくもないぞ」
指摘され、自覚のなかった白石は首を傾げる。
「フェローはそれなりに使えるんだろ。肩書きが負担か、スタッフリーダー?」
「あれ、そんな話藍沢先生にしたっけ?」
藍沢の言葉には皮肉るような響きも含まれながら、それでもそれが嫌味のつもりではないことはわかる。
とても器用なこのひとが、妙なところでとても不器用なのだともう知っている。白石とは正反対の人間なのに、そんなところはもしかしたら似ているのかもしれないと思うことがある。
「執拗に連絡してくるやつがいるからな」
「ああ」
顔をしかめる藍沢が誰を指しているのかは明白で、白石は笑ってうなずいた。
*
「へー! あの脳外コンサルに来てくれる藍沢先生って救命にいらっしゃったことあったんですか!」
興味深げな葛西に、ここでの同期であったことを藤川が得意げに語る。気がつけばもう何年も前の話だ。
医局でそんな流れになって、エレベーターに乗り込みながらそのまま会話は続いた。目的階のボタンを押し、階数表示の数字が増えていくのを何気なく見遣る。
「救命に脳外になんて、優秀な先生なんですね。たまにご一緒するときの様子からも納得ですけど!」
「まあなぁ。心外にも行きたいっつってたからドMかと思ったけどな」
「あー……ハードな仕事がお好きなんですかね?」
「あいつならどこでも上手くやるんだろうけどな」
目を丸くする葛西に藤川は笑う。エレベーターを降りスタッフステーションへ。
「あの頃から野心家だったけど、ジェネラリスト目指してんのかな。あいつならやり遂げそうだけど」
当初から名医になると公言していたほどの藍沢だ。フェローの頃は鼻につくこともあったが、今では藤川も素直に感嘆するし、今でも同期の仲間だと思っている身からすれば誇らしくも感じる。
「なに、何の話ですか?」
テーブルに肘を置いて書面に目を通していた真坂が振り返る。葛西がぐっと腕に力を入れて握りこぶしを作って見せる。
「藍沢先生、先生たちの同期なんだって! 知ってた?」
「ああ、なんとなく聞いたことは。フェロー修了後に脳外に移られたんでしたっけ?」
カウンターからなかへと回り込みカルテを確認する藤川は、真坂の言葉にうなずきながらも看護師に声を掛けられそちらへと顔を向けた。患者のことで呼ばれたようだ。
「藍沢は確かにスゲェけどな。お前らには俺がいること忘れんなよ〜?」
葛西と真坂に片眉を上げた笑顔を披露し、HCUへ歩き出す。その背中に真坂が吹き出す。
「すげぇドヤ顔」
「まあまあ。自分で言っちゃうの面白いひとだけど、そういうとこも自分は藤川先生好きだなって思う」
まあ真坂先生からしたら物足りないのかもだけど、と肩をすくめる葛西に、真坂は首を振る。病院なんて閉鎖された気落ちする世界で、ああいったムードメーカー的な存在の重要性は理解できる。藤川の場合は単なる天然物のように見えもするが。